僕は今や家なき子
僕は恋人と破局した。
そして家からも飛び出ての家出中である。
だからって、なぜ僕が合コンに参加しなければいけないのであろう。
「いいじゃない。一番の美人が参加するとさ、あたしらが気安く話し易くなれるんだよ。相手側からもあたしら三人は必ずって御所望でしょ。気持ちとしてはもうちょっとオシャレして欲しかったけど、仕方がないか。」
今の僕には服のコーディネーターもスタイリストも不在だ。
それどころか、女性ものの服など一枚もない有様なのである。
よって、借り物の胸元の開いた黒ビロードのカットソーをジーンズの上に着ただけだ。
もともとおしゃれなど知らない上、今まではお人形のように着せ替えられていたのであり、さらに言えば人形のように着せ替えられていたのはいつも最高の姿にしてもらえたからであり、なんだか今の自分が物凄くみすぼらしくなったようで、そっと自分の服装を見下ろしてしまった。
すると、服を貸してくれた女性が僕よりも小柄だったせいか、僕の小さな胸がいつもより強調されているという事に気が付いたのである。
恥ずかしい、と体を丸めて、ミリタリーコートの合わせ目を両手でぎゅうっと掴んだ。
「寒いの?不安なの?でもね、背筋を伸ばして顔をしゃんとして。合コンじゃなくていつもの女子会だと思おうよ。ニコニコで行こうよ。」
合コン会場までの道すがら僕の顔を覗き込むようにしながら僕を言い聞かす美女は、水野美智花。
彼女は大きな目がちょっと垂れ、明るい髪色のショートカットの毛先が元気にくるんと巻いている所から、優しく柔らかそうに見えるからか癒し系だと持て囃されている。
百六十センチの僕よりも二センチ高い彼女は、珍しくヒールのある靴を履いているので、ペタンコ靴の僕はそっと彼女を見上げた。
「今日は凄くオシャレじゃないですか。僕なんかよりずーと輝いていますよ。」
仕事もパンツスーツで、日常着もパンツばかりのカジュアルすぎる水野が、ベージュ色のコートの中身にワンピースを着用しているのである。
トップがカシュクールになってウエストを絞ったワインレッドのワンピースに、紐がリボンのブーティを履いたその姿は、華やかで、誰もがうっとりするほどの綺麗なお姉さん、だ。
フフフっと笑い声を上げたのは、水野の相棒で親友の佐藤萌だ。
佐藤は黒髪を前下がりのショートボブにした大きな目がちょっと釣った妖精系の美人で、僕の憧れだった人だ。
なぜ、憧れだったのかは、僕という一人称から理解いただけると思うが、僕は以前は男であった。
女物の自分の服が無いのはそのためだ。
そして以前は男の僕に胸があるのは、僕は殺されかけ、その時の大怪我で眠っていた余分な遺伝子のXが暴走して上半身が女体化してしまったからである。
僕の染色体はXXYであったのだ。
そんな僕の名前は百目鬼玄人。
以前は武本姓でもあった武本物産の当主であり、六月六日が誕生日のオカルト系の人間でもある。
何がオカルトかって、呪い殺されそうだからって他家の養子になって呪い返しをしたなどとは、普通にありえないでしょう。
おまけに武本家は当主が飯綱使いだという家だ。
ちなみに武本家の使い魔はオコジョ型の雷獣。
それがゆえに僕の周りには普通の人には見えないオコジョが数十匹は必ずうろうろして、青森の本家にはオコジョ風呂ができるほどうじゃうじゃいる。
否、いた、だ。
足元を見下ろして、フウっと溜息を出す。
あんなにも僕の周りをうろついていたオコジョ達は、僕の不甲斐なさに見限ったのか殆んどが姿を消し、今や三匹しか残っていない。
本拠地の青森と繋がっていたオコジョ達の神棚が破壊されてしまった為であり、これは僕の責任だ。