なぜ俺が叱られる?
楊は玄人を尋問室に置き去りにし、彼一人で特対課に戻って来た。
事前に電話を貰っていた俺が半時間もしないで署にやって来るはずで、尋問室のモニター室には山口が直接行くように手配もした。
山口が涙に暮れる玄人を見て何もしないはずは無い。
きっとどころか確実に玄人と山口は誤解を解いて真実に辿り着くだろうと、楊は二人に再構築のための時間を与えているつもりだった。
しかし、山口がモニター室にいるかどうかの確認を、楊は怠っていたのである。
キャーという女性署員の叫び声をきっかけにして、署内で喧騒ともいえる騒々しさが巻き起こり、楊が何が起きたのか訝る間もなく、楊を呼びかける声とともに彼の部署に青い顔をした職員が駆けこんできたのである。
「課長!楊課長!」
「どうしたの。何があったの。」
「第二尋問室で殺人です。」
「何言っているの?あそこは――。」
玄人がいる場所だと言いかけて、そのまま楊は飛び出して駆け出した。
彼が辿り着いて目にしたものは、開け放たれた尋問室の机の上に心臓の辺りを抉る様に貫かれて事切れていた刑事の姿である。
尋問室は彼が撒き散らした血痕で、天井から壁から血濡れで、どこもかしこも生臭く赤黒い部屋に様変わりしていた。
「北原大介刑事だったよ。あと三年で定年だったのにね。」
やるせなさそうに呟く楊は目線を落とし、そこで手元のコーヒーの存在に気付いたかのように再び口に含み、冷めたコーヒーが不味いだけだというように顔を一瞬しかめてから続きを語り出した。
楊が現場に辿り着いた時には既に髙がそこにおり、彼が鑑識の監督と指示を出していた。
「髙、ちびはどこにいる?山口は?」
「いたの?」
楊の言葉に眉根を寄せて聞き返した髙を見るや、楊はモニター室に飛び込み、数分前の出来事を巻き戻して再生し始めたのである。
「玄人君を残していたの?一人で。署内が襲撃された事もあったのに、あの子を一人にして何をやってんの。」
楊を追いかけて当然のようにモニターを覗き込んだ髙が怒りを含んだ声を出したが、楊は髙に何も答えずにじっと画面を見つめ続けた。
画面の玄人はタオルハンカチを顔に乗せたまま、楊が置いてきたそのままの姿で天井を見上げて泣き続けている。
すると、玄人の後ろのドアがそっと開き、何も気づかない彼の背後にそっと男が近付く。
近づいてきた男は筒状のものを玄人の背中に押し付け、体を痙攣させた玄人はそのまま椅子から男の差し出す腕の中へと崩れ落ちた。
男は大事そうに玄人を抱き止めるとそのまま抱き上げ、それから部屋の外に出ようとした所で足を止めた。
目の前でドアが開いて、呼ばれざる者が現れたのである。
「何やっているの?病人?」
部屋に入って来た男は北原刑事であり、彼は男の正面にいる。
北原には、カメラに写らないように行動していた男の素顔が見えたはずだ。
男は玄人を一度床に降ろしてから北原の方へ友好的に進み、そして、油断した彼を机に叩きつけるように突き飛ばすと、玄人に押し付けたペン型のスタンガンを北原の鳩尾に押し付けた。
「はうっ。」
北原は痙攣して意識を失い、それを事を確認した男は、スタンガンを片付けてから背広に手を入れて何かを取り出し、北原にその取り出したものを突き刺し、それからゆっくりと揺らしながら引き抜いたのである。
男が引き抜いたそれは、細い刃に返しがついているという、奇妙な形状の小型ナイフであった。
そのナイフによって心臓側の動脈と肉を引き裂かれたか、北原の体から飛び散る血は噴水のように迸り続けていた。
「傷跡が魚に使う銛に似ているんだ。あんなもので刺されたら、痛いし、辛いだろうね。」
容疑者に「痛い!」と叫ばれると手を離してしまう警部が辛そうな声を出し、相棒の髙は無機質な声で補完した。
「被害者達は今まで急所を避けての傷跡です。彼女達は声もあげられずに痛みにのたうち回っているところを燃やされたのです。可哀相に。最初の被害者がコンロの火が服に燃え移ったと思われて処理されかけましたから、もしかしたら他にも被害者がいるかもしれませんね。」
「あ、コンロに火?」
「百目鬼さん、何か?」
「おい、それらの現場って必ずコンロが煤塗れか?」
楊がギュッと目を閉じて、いつもの声をあげた。
「あー。」
「かわさんまでどうしたの?」
楊の代わりに俺が髙に答えた。
「俺がこの間手に入れた物件が、三年前に一人暮らししていた老婆が小火を出したヤツでね。死因がコンロから火が燃え移っての焼死なんだよ。」
髙は俺をジーと見つめて、いつもの楊の台詞を口にした。
「どうしてそんなものばかり手に入れるのですか。」
手に入れたくて、手に入れてねえよ!




