誘拐者はこいつだと楊が指し示す
玄人の写真が開けたフォルダーから俺の膝に零れ、俺は大量に隠し撮りされた玄人の写真に胃の腑がどんどんと冷えて行った。
いつからだ?
どうして俺がこんな隠し撮りに気が付かなかった?
「それ、犯人の持ち物。ちびが最終目標。写真はお前と決別してからのちびだね。」
「俺があいつから離れたばっかりに。」
「そうだね。あの子は本気で誘拐されたんだよ。怪我はゴメン。服も乱れがなかったしね、顔色もいいから気が付かなかった。」
俺は全身の力がすっと抜け、左手に持つコーヒーを落しかけた。
髙が紙コップを持つ俺の手を支え、ゆっくりと俺の手から取り上げて机においてくれたから、俺がコップを落とさなかっただけだ。
「お前らが全部仕組んだ誘拐劇じゃなかったのか?」
楊も髙も同時にゆっくりと首を振り、そして口を開いたのは髙だった。
「ですから山口を止めるのが大変だったのですよ。最近抜けているあいつでも、現場が本物か偽物か見間違える事はありません。山口が外回りから戻ったそのまま尋問室に来てしまってのあの光景でしょ。玄人君がモニター室で待っているって呼ばれたってね。」
髙はチッと舌打ちをして楊を睨み、楊が目を伏せて小さくなった姿を確認すると、再び彼は説明を続けた。
「容疑者、春日秋吉は、東史雄、あるいは橋場峰雄の手下の一人だった快楽殺人者です。玄人君を誘拐しようとして、あなたとかわさんに阻止されて失敗した男だったと思われます。」
「あいつか。確かにあの時の奴はクロに厭らしく絡みついていたが。黙秘で名前どころか年齢も素性もわからなった奴だろ。春日が本名だったのか?」
東史雄という弁護士が出資して経営していたという孤児院で育った子供達は、金満な家の子供を殺しただけでなく、その子供の顔に整形してその家に潜り込むという、まるで郭公のような犯罪行為を組織的に行っていた。
彼らの犯罪が表に出たのは、橋場家の四男に成り代わっていた橋場峰雄を玄人が橋場から追い出したからである。
峰雄はそれで玄人と自分を追い出した橋場家を憎み、橋場家が愛する玄人を殺そうと画策してたのだ。
それが叶わなかったのは、まぁ、俺という存在もあるが、整形して他人に成り代わっていた奴らの一人が、楊の顔に整形していたからでもある。
その男は残念ながら逃したが、俺達は玄人を誘拐しようとする男の車に仲間のような顔で乗り込み、その男が玄人を車に乗せた時に現行犯として逮捕したのである。
「春日は偽名でしょうね。被害者達が利用していた携帯ショップで店員をしていた時に名乗っていた名前です。玄人君もスマートフォンの買い替えをそこでしています。着信拒否設定も動画の転送もそこで春日にされたのでしょうね。」
「そこまで分かっていながら、春日がそいつだって断定できないのか?」
「当時と顔も変わっている上に指紋が焼かれていますので。一先ずDNAの採取をと思ったのですが弁護士が早くて、採取自体が無理ですね。」
「どうしてそんな男が大手を振って歩いているんだ。」
「ちびへの大規模な暗殺計画があったじゃん。ウチの県警からも何人か逮捕者や懲戒免職者を出したでしょ。本庁さんとこはもっと大変でね、気づいたら拘置所の何人かが行方不明でしたって奴。公にできない勝手に保釈された殺人者を警視庁とうちの県警の公安が追っていてね、春日はその中の一人なんだ。奴はどうしてもちびを引き裂きたかったようだね。惚れ込んでいた?俺達が踏み込んだ時、奴は意識のないちびを恋人のように撫でていたからね。」
いつの間にか俺のコーヒーを勝手に飲んでいた楊は、俺の手からフォルダーを奪い、玄人の写真を一枚引き出した。
「コレはお前なら分るだろ?」
写真の中の情景は、俺の知っている連れ込み宿に、手を繋ぎ合った山口と玄人が中に入ろうとしているまさにその現場だった。
「実際にクロが連れ込まれて殺されかけたのがそこか。」
「そう、俺達も最初は留置場の彼女の利用していた宿に向かったんだけどね、途中でさ、髙に昔のお仲間から連絡が入ってね。山口が連れてきた美女が意識不明で連れ込まれたけどいいのか?って。管理されている無許可の違法宿ならば、警察の監視の目が常にあるってあの馬鹿が忘れていたお陰だね」
彼らはすぐさま方向転換して山口専用宿へと向かい、玄人が囚われている部屋に突入して救助したのだという。
「救助したついでに玄人をお前達が最初に向かっていた宿に放り込んで一芝居って事か。だが、尋問室のあの生臭い臭いは本物の血だろう?クロに一体何が起きたのか全部教えてくれ。」
「俺が浅はかな馬鹿野郎な所からだな。」




