全てを示すもの
連れ込み宿の廊下は暗かった。
消防法など完全無視の窓も無い廊下であり、その廊下の照明は、雰囲気を出すためなのか、ストリップ劇場の様なピンク色の明りを投げかけている。
そんな世界で佇む山口の顔は、この作り物の世界がぴったりと似合いそうな、スマイルの記号のような笑顔を浮かべている。
彼は俺達の進むべき部屋を知っており、その笑顔のまま、真っ直ぐに廊下の奥へと歩いて行った。
一番奥の部屋のドアの前で山口は止まると、内ポケットから出した道具で簡単にドアの鍵を開けた。
「髙もそんなことが出来るのか?」
「あの人は何でも出来ますよ。」
キィっと軋んだ音を立てて開いたドアの向こうは四畳半程度のスペースに、寝るだけの空間とトイレが一緒の狭いシャワールームが無理矢理押し込められているという、狭く小汚い部屋だった。
売春専用の貸しスペースって奴はこんなものなのか。
「確かに、お前が案内した連れ込み宿の方が五つ星だったな。」
「やめて下さいよ。よくこんな状況で軽口を叩けますね。」
俺もなぜだろうと考えていた。
玄人を失ったら俺は山口と玄人を偲び続けるのだろうが、それはこんな感じで俺達は生活していくのかもしれない。
俊明和尚と俺の関係のようなつかづ離れずの関係。
彼は亡くした妻を何時までも偲んでいたが、息子にした俺にも妻へのものとも違うが、同じ量の愛情を注いでいたと俺は確信してる。
俺は目の前の頼りない風情の男の背を、玄人への気持ちとは違うが同様に愛しいものだと感じているのだ。
「山口、俺はお前も愛しているよ。玄人とは違う愛だが同じくらいにね。だがそれはお前には辛いか?」
くるっと驚いた顔で振り返った男は、口元を震わせた。
「俺もですよ。」
それから、ほおっと息を吐きだした。
俺を真っ直ぐに見つめ返しながら、彼は俺に自分の真実を語り始めたのである。
「俺も良純さんに本気で惚れているけど、玄人へのものとは違うんです。なんて、説明していいのかわかりませんけど、……すいません。」
「いいよ。同じ愛で盛ったら、それはそれで大変だろ。」
「そうですね。確かに。あなたとの行為を最後までしようとは、ええ、俺は考えた事が無かった。」
「俺との過程だけが好きってことか。助べぇが。」
俺達はハっと同時に笑い、そして情けない事に気がづいた。
「クロは自分だけが一番なんだよな。」
「アンズちゃんより僕はきっと下ですよ。」
「モルモットに負けを認めるのか?情けねぇ。」
ハハハと軽い笑い声を出すようになった山口に、俺は確認をした。
「それで、ここでその女は死ぬ予定なのか?どんな風に。」
途端に刑事の顔に戻った山口は部屋を見回し、そして、部屋が違う、と呟いた。
「違うのか?」
「違いますよ。俺達がクロトのスマートフォンで見た映像はこの部屋の内装と微妙に違う。違いますよ!」
山口はびゅっと部屋を飛び出して、再びゆっくりと室内に入って来た。
何事も見逃さないと冷静になった刑事の顔で。
「入り口の感じも、畳の質感もなんだか微妙に違います。それで、あんな物なんてありませんでしたよ。」
山口が指差した方向には、この部屋の主の女が飾った安っぽいクリスタルが揺らめいていた。
同じに見える部屋で撮影された予告殺人は何を指し示す。
「山口、それでこの部屋と似た様な間取りの部屋はここにいくつある?」
スマイルマークの顔が本来の笑顔を顔に作り、本来の雅やかな男に戻っていった。
「階下に二つありました。」
俺達は怒涛のように一気に下へと駆け下りて、同時に上階と同じ部屋の扉を蹴りあけた。
一方には行為中の男女が寝転んでいて、一方には眠り姫の様相で玄人が部屋の真ん中で眠りこけていた。
後ろ手に縛られてはいるが、無傷に見える状態で。
紺色のシャツにジーンズ姿の飾り気の無い格好の玄人は、長い長い睫毛が白い肌に生えて美しかった。
俺が一週間ぶりの玄人の美しさに見惚れていると、山口が俺を押し退けて玄人を抱きしめ、そして、彼が無事だったと咽び声をあげはじめたのである。
俺はその様子に全てが見えた気がした。
楊と髙の芝居がかった振る舞い。
ガツンっと扉の枠を蹴り上げた。
「畜生、あいつら。」




