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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
九 あいつを諦めるわけにはいかない
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オカルトだからこそ脚色するな

「何が起きたのか、起きていたのかお前は知っているのか?」


 助手席の男は俺をチラッと見返して、連続殺人犯の仕業だ、と簡潔に答えた。


「説明しろ。」


「俺達が現在捜査しているのは、予知能力による予告殺人事件です。」


「ふざけるな。事件に勝手に色を付けずに起きた事実だけを語れ。」


 山口はふっと鼻で笑った。


「あなたらしい。」


 俺らしい?

 今の俺は行き先も不確かなのに、じっとしていられないそれだけで、単に車を走らせているだけの愚か者だ。


「語れる事実が無ければ、お前の能力を使え。お前はクロの居場所が分かったりしないのか?」


 山口が俺に振り返った事が見なくても分かった。

 こいつが玄人と同じ能力者だというのならば、玄人の居場所くらいはわからないのか?


「分かりません。生きているかも死んでしまったのかも。以前、あなたとかわさんが行方不明になった時、クロトが今の俺と同じ事を言っていました。何も見えない。能力が無くなってしまったみたいだって。一番大事な人の事が分らないなんて、使えない無駄な能力ですよね。」


「それじゃあ、捜査途中のその糞事件の事を洗いざらい話せ。」


「簡単な話です。殺された被害者の携帯に次に殺される女性の殺害記録映像が録画されていました。彼女達は生きている間に自分が殺される現場を撮影されていたのです。」


「クロの殺人現場も録画されていたのかよ。」


「クロトのものは見つかっていません。但し、彼のスマートフォンに次と思われる女性の殺害現場の動画はありました。それは二番目に殺された岬朋子の携帯にあった動画と同じものでした。」


「生きているうちに殺されたって、現場は死んだ女の現場と一緒か?そんなものは合成で何とでもなるだろうに。」


「ええ、その通りです。ですが、予告映像の現場は、被害者予定の人物の自室で撮影された物でした。」


「で、オカルトか?ばかばかしい!クロの和くんのマンションなど、そこいらの小汚い殺人者が入り込める余地なんかねえ。そういう事だろうが!」


 山口はその答えも既に持っていたらしく、そのとおりです、と妙に嬉しそうに俺に同調した。


「で、被害者予定のそいつは生きているのか?」


「保護して、留置場にいます。」


「酷いな。」


「仕方が無いですよ。夜の街をフラフラして売春行為を行っていた所を保護されたのですから。」


「その女には会えるか?」


 ようやく山口が笑い出した。

 やけっぱちに聞こえる神経に障る笑い声だったが。


「相模原東署の留置場ですって。」


「そりゃ困るな。じゃあ、その女の家は分るのか?」


「分ります。家ではなく連れ込み宿の一室ですけどね。」


 俺が山口の言うとおりに車を走らすと、辿り着いたのは以前山口と利用したような古い下宿屋に見える連れ込み宿であった。

 バストイレが共有だった過去の下宿屋は、大きな屋敷を下宿として貸し出しているだけであるので、廊下など普通に屋内のものとなる。

 人の目を避けた上での連れ込み宿偽装には、そうした様式の建物の方が目的に適うと言う事なのだろう。


「嫌だね。こんなのがそこいらじゅうにあるとはね。」


 山口はハッと笑い飛ばした、まるで自分を罵るように。


「あなたと利用した所でクロトを抱いたんですよ。初めての子をあんな場所で。いくら、クロトが強請ったからって、彼を連れ込むんじゃなかった。」


 俺は山口の背中を軽く突いた。


「それは後だ。女の部屋に行くよ。」


 しかし中に入ってみれば、法衣を纏った男を連れた刑事など、バッジを見せても信じてもらえないようだった。

 俺達を通してくれないのだ。

 俺達の前には用心棒と言える大男と、経営者らしき男が慇懃な風情で立ち塞がったのだ。


「ここは同性客はお断りなんですよ。警察の目が厳しくてね。男同士ですと、いかがわしい薬物の取引に思われてしまいますから。」


 そこで俺は経営者兼受付の前にズイっと出て、彼の気持ちが変わるように導くことにした。

 俺は僧侶だからな。

 しかし用心棒の男の方が、俺を警戒して腕を俺に差し出してきた。

 それは俺に投げてくれと懇願してきたも同じことだぞ?

 男は宙に浮き、その体重に見合った音を立てて床に沈んだ。


「あ、おま、うわ。」


 脅えた経営者の前に俺はずいっと進んで、彼の顔に息がかかるほどに身を屈め、僧侶として道理を教え込んでやった。


「お前の事情なんか俺にはどうでもいいんだよ。俺達の行く手を阻むなら、ここが警察が喜びそうな事態になるってだけだ。試してみるか?」


 玄人の大好きな俺の声だ。

 全てに怯える玄人は、人が怯えて動けなくなる俺の声が大好きなのだ。

 俺があいつを手放さなければ、あいつは今でも俺の側で俺の声に目を煌めかせて聞き惚れて笑っていたというのに。


 怯んだ男はそのままへたりと座り込み、俺の後ろに控えていた長身の男は、完全に道が開いたという風に進んでいった。


「良純さん。こっちです。」


 山口は階段の前に立ち止まって俺に声をかけたが、そのまま振り返りもせずに上階へと駆けあがって行った。

 俺も山口の後を追って階段を駆け上がったが、俺達の目の前には真っ直ぐな木の廊下が伸びていた。

 左右に三つずつのドアがある、二階であるのに薄暗い廊下だ。

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