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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
九 あいつを諦めるわけにはいかない
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行くぞ

 俺が相模原東署に辿り着いた時、そこは混乱の真っ只中であった。


「百目鬼さん、此方に。」


 俺の袖を引いたのは楊の相棒の髙だが、彼は時々警察官でもない俺を同僚扱いをするので困りものだ。


「何事です?」

「いいから。」


 髙は青い顔に余裕のない表情で俺を引っ張り、楊の特対課ではなく尋問室の前に連れて行った。

 尋問室前の廊下は血痕が点々と残っており、キープアウトの黄色のテープが貼られてそこかしこで鑑識が作業中だ。


「何があったのです?」


「いいから、こっちの尋問室を覗ける隣の部屋に。録画ビデオがありますから。」


 髙の後を付いて尋問室を通り過ぎ、俺の視界に見慣れたものが見慣れていない状態で放置されていた。

 玄人に与えた俺が作った帆布鞄が、尋問室の椅子の下にくたっと落ちていたのである。


「あれは生成りで赤くは無かったはずだ。」


「百目鬼さん?」


 足を止めた髙が棒切れになった俺を引っつかみ、俺よりも小柄な体で有無を言わさずに俺を隣の部屋に連れて行こうとする。


「何があったんだよ。あいつはどこにいる。」


「いいから、説明しますから、此方へ。」


 ドンっと突き飛ばされる形で俺は隣室に入れられた。

 俺は情けない四つん這いの格好で、押し込まれた小部屋の中で固まっている。

 俺がこのまま動かなければ、あいつの悲劇を聞かなくて済むはずだ。


 真っ赤に染まった俺の作った鞄の真実など、俺が聞きたいわけはない。

 あれが我が家に残されなかった事に、俺はどうして気づかなかったのだ。

 あいつが俺から離れる気が無かった証拠じゃあないか。


「僕のオコジョは迎撃ミサイルです。」


 玄人の言葉が甦る。

 あいつは、あいつが使うオコジョは何をしていたんだ?


「いいから、百目鬼立ってくれ。そして見て欲しい。」


 静かな楊の声に頭を上げると、彼は小さなモニターのある机に寄りかかり立っていた。

 楊はチグハグな格好をしていた。

 上着にはジャージ。

 下はスーツのズボンだ。


「お前は何でそんな変な格好をしているんだよ。」


 楊は無言でモニターのスイッチを入れた。

 そこには楊と話し合っている玄人の姿が映し出された。


「百目鬼さんはモニター前の椅子をどうぞ。山口は完全にぶっ倒れましたから。」


 俺を部屋に押し込んだ男が俺の真後ろから囁いた。

 今まで俺が人を操ってきた方だと反発しながらも、俺はノロノロと従順に髙の言うとおりに立ち上がり、泣き出した玄人を真近に見ようと椅子に座り、モニターに顔を寄せる。


「音声はないのか?」


「無い方がいい。」


 こんな楊の固い声は聞いた事がない。


 楊にハンカチを顔に乗せられた玄人は顔を天井にあお向ける。

 楊は玄人を残して尋問室を去っていった。

 そこで玄人の真後ろのドアが開き、大柄の男が入って来た。

 カメラの位置を知っているのか、男は顔をカメラに映らない角度に背けている。


 玄人は侵入者に気づかない。

 その男は玄人の真後ろへと忍び寄る。


「てめえ!」


 俺は叫んでいた。

 俺の目の前で、俺の玄人は、その男によって背中に何かを刺されたのである。


 ブツっと映像が切られた。


「続きは?」


「一般人に見せられるのはここまでなんだよ。まだ捜査途中だからな。」


「畜生が!」


 俺は立ち上がり、マジックミラーに自分を叩きつけるようにして、ガラスに貼り付いて隣の尋問室を眺めた。

 鑑識が立ち働く真っ赤な部屋。

 血まみれで、俺の作った鞄だけがポツンとある玄人の消えた部屋。

 楊のチグハグな服装。

 あいつは血まみれだったのか?また切り刻まれたのか?


「あいつはどこだ?病院か?」


 楊を睨みながら尋ねると、青い顔をした友人は俺の理解できない言葉を発した。


「チビは行方不明だ。」


 自分が動いた事も覚えていないが、俺は楊の襟をつかんでマジックミラーに押し付けていた。

 血まみれの現場に押し付けられた楊は、俺からその顔を背けている。


「探せよ。今すぐ探せよ。見つけろよ。あそこの血はあいつのものなんだろう?あいつはあんなに血を流して。早くしないと死んでしまうだろ?」


 楊を何度か打ち付けるように揺らすと、俺の動きを止める力強い手が俺の腕を後ろから掴んだ。


「諦めてください。彼はもう死んでいます。死んでいるはずです。彼が打ち込まれたのは銛です。あれじゃあ誰も助かるわけがない。」


 こいつらは諦めたのか。

 もう死んだからと。


「山口はどこだ?」

「ここです。」


 髙がハっと息を吐く。

 髙は俺ではない方を振り返っている。

 髙のせいで動かせない体のため、俺は首だけを曲げて声の方へ顔をむけた。


 山口は青白い顔で俺を睨むようにして戸口に立っていた。

 顔にうっすらと青あざがあるのは、暴れて髙か課の連中に押さえつけられた時の名残か。


「山口、クロを探すぞ。」


 山口はコクリと頷いた。


「いい加減に俺を放してくれ、髙。」


 するっと髙の手が俺から離れた。

 楊と髙の顔をねめつけるように見回して、俺は山口と署を後にした。

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