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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
八 特定犯罪対策課はいつだって嫌な風に機能している
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事件と僕

 加瀬がコーヒーを北原に手渡すと、北原はホッと眉根を下げて微笑んだ。


「あぁ、ありがとう。久しぶりだね、加瀬君は。君がいたら解決していたかもしれないのにねぇ。」


 なんと、北原は加瀬の上司だったそうである。

 加瀬の淹れて来たコーヒーを有難がりながら飲む好好爺のような北原は、一口二口コーヒーを口に含んだ後、嫌な話を吐き出した。


「駆けつけた警察官と検視の結果が食い違いましてね。彼らが通報を受けた時間には既に死んでいただろうと。それから岬朋子のスマートフォンにですね、次に亡くなる被害者の動画が残っていたのですよ。我々は前の被害者だと捜査していましてね、その最中に伊藤のスマートフォンから岬の映像が見つかりまして、これはもうそちらの案件だと。」


「もう、ヤンなっちゃうよ。髙以外俺も含めて豆鉄砲を食らった鳩よ。髙は髙で、よくあることですよね、なんて北原に相槌打ってるし。もう、最悪。」


 楊は僕に説明をしているが、実は愚痴こそ吐きたかったのではないだろうか。


「それでさ、チビ。ここまでで何か聞きたいことがあるか?」

「岬朋子の携帯には誰が映っていたのですか?もしかして、僕?」


 バシッと軽く頭を叩かれた。


「違うでしょ。いつものお馬鹿さんのチビだったら、どうして特対課の部屋じゃなくてこんな尋問室なのですか?でしょう。」


 楊は僕のボケを期待していたらしい。

 だが、これはすぐにでも聞きたい事だ。


「僕じゃなければまだ救えるんじゃないですか?まだ殺されていなければ。あるいは次のターゲットの殺される映像が収録できる理由がわかるかも。」


 パシっと再び頭を叩かれた。


「酷いです。」


「煩いよ。お前の言ったことはちゃんと髙が先に言って調べに入っているから気にするな。それよりもさ、お前の気持ちを俺は聞きたいんだよね。お前はどうしたい?このまま和君に守ってもらって百目鬼から完全に決別するか?」


 楊は今度は叩かずに僕の頭を撫でている。

 微笑んでいる彼の目元に笑い皺が寄っていて、何時もよりも年を重ねた人間のように見えた。


「山口も辛いって、移動願いを出しているからね。」


 あぁ、山口。


「僕は良純さんも淳平君が好きだから、和君とこのままで、僕は良純さんと決別します。」


「好きだから決別って、意味がわかんないよ。」


「だって、僕はマグロですから。」


「コバンザメから進化したのか?」


 僕は良純和尚をホオジロザメに自分をコバンザメとしてなぞらえて、絶対にくっ付いて彼から離れないと言い張っていたのだ。

 でも、コバンザメは吸盤でサメにくっついて楽をしている卑怯者だが、死んだらやはりサメから剥がれ落ちるのではないだろうか。

 僕は心が死んで彼から落ちたのだ。


「だって、淳平君も良純さんも僕がマグロで詰まらないって。それできっと捨てられたんです。でも、僕は二人が好きだから二人が幸せならいいです。完全に二人から嫌われるくらいなら、僕は身を引きます。」


 ぽつぽつと呟くように吐き出していたら涙までも出てきた。

 ハンカチと鞄から取り出そうとする前に、僕の顔には柔らかいものが被さり、それは楊が自分のハンカチを僕の顔に当ててくれたのだった。

 優しく、でも物凄く怒った顔付きで。


「え、えと。ありがとうございます。でも、そんな、自分の使いますから。すいません。なんかくだらない事でメソメソしていて。」


「違う。お前は泣いていていいから気にするな。」


 怒った顔付きの楊は、僕の顔にハンカチをグリグリ押し付けた。

 苦しい、息ができないよ。


「お前は全然悪く無いじゃんか。しばらく和君の所にいなさい。俺があの二人をちょっとシメるからさ。っとに。何なんだ、あの馬鹿共は。」


 僕ではなく良純と山口に怒りを向けた楊は、僕を取り残してズカズカと尋問室を出て行った。

 僕は全然悪くない?

 それでも捨てられたことには変わりは無い。


 僕は楊のタオルハンカチを顔にぎゅうと当てたまま、天井を見上げた。

 でも、上を向いても僕の涙が止まることはなく、僕はそのまま泣き続けた。

 楊が山口と良純を説得しても、僕が欲しい愛はもうないのだ。


 強制された愛など僕は不要だ。

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