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彼がそれを残していくはずなど無いのだ

 俺と出会った時の玄人は、金持ちの子供どころでは無く、自分さえも失いかける程に何も持っていなかった。

 それでもその残りかすの様な私物でさえ、継母に捨てられるからと、彼は常に鞄にそれらを全部入れて持ち歩き、そのため、彼は鞄の重みで死ぬんじゃないかというぐらいに、鞄をパンパンに膨らませていたのだ。


 また、彼は小遣いなども勿論貰った事の無い身の上だった。


 俺の所で俺から貰える小銭に玄人は狂喜し、買い食いや贈り物などが出来るようになった自分に喜びすぎて、金の使い方が考え無しだと俺に財布を取り上げられる事も何度もあった。


 そんな彼だがスマートフォンやパソコンは手にしていた。

 現在の大学がスマートフォンやパソコンが無ければまともに学業を送れないシステムでなければ、それらは継母に簡単に捨てられていた事だろう。


 そしてそんな生育環境だったからか、玄人の物欲は凄まじいものがある。


 彼が我が家から完全に出て行ったならば、これらの自分の大事な品を引き上げないわけが無いのだ。


 俺は急いでリモコンを取り上げ、目の前のテレビ兼モニターに電源を入れた。

 俺の家には四方に高性能な監視カメラが設置してあり、仏間の裏の物置に置かれたサーバーに記録され保存され、何事もなければ一週間毎に上書きされる。


 今日は何日目だ?間に合うか?


 玄人のデスクトップにも電源を入れた。

 監視カメラ映像は、俺のノートパソコンとスマートフォンはもとより、玄人のスマートフォンとデスクトップでも確認できるように設定してある。

 玄人が望んだから、俺はあいつの願い通りに設定してやったのだ。


「ちょっと、百目鬼、聞いている?」


「聞いているからちょと待っていてくれ。クロが家出した当日の映像を調べるから。荷物を纏めたのがあいつでも俺でも無いのならば、他人が家に入り込んでいたって事だろ?」


 テレビ台の下段からデスクトップ用のマウスとキーボードを取り出した。

「イヤ、そうだけど。お前ん家、そんなアバウトな防犯状況だっけ。かなり堅牢なイメージがあったからさ。」


「俺もそう思い込んでいたからね。玄人の馬鹿っぷりを忘れていたよ。どんなに堅牢な金庫だって鍵を掛け忘れればただの箱だ。」


 もしくは勝手に合鍵を作られれば出入り自由だ。

 玄人が俺から決別した日を呼び出し、俺が家を出た時間から画像をスキップしていく。


 俺が自宅を出た二時間後に、自宅前に一トントラックサイズの引っ越しトラックが停まった。

 そして中から見覚えのありすぎる二人の男が降り立つと、その二人はそのまま我が物顔で我が家に勝手に入って行った。


 同じ位の背格好の二人の片方は白に近い金髪をしたパイロット派遣会社の若き社長で、黒髪の片方は新潟に本社のある白波酒造の東京支社の若社長、つまり、玄人の母方の従兄達である。


「時間が掛かりそうならかけ直そうか?」


「いや、いいよ、見つかった。家の前に長柄の引っ越しトラックだ。誰かも分かった。あいつら、白波のアミーゴズ。ふざけやがって。」


 金髪の経営する派遣会社は由紀子の長柄運送と契約している。

 玄人と俺の諍いを奴等に流したのは由紀子か。


 監視カメラ映像を早送りさせると、彼らは侵入した時間から一時間後ぐらいに慌てふためいて飛び出して来て、そのままトラックに乗り込んで消えていった。

 その三十分後位に玄人が家に入り、数分もせずに彼の昔のメッセンジャーバッグとペットキャリーを抱え、そして木材、たぶん破壊された神棚だろうが、が入ったビニール袋を引きずるようにぶら提げてヨロヨロと出てきたのだ。


 俺がその場にいたら、引き止めないはずの俺が絶対に抱きしめて引き止めてしまっただろう、それほどに玄人の悲壮感に溢れた姿である。

 あの姿の玄人を迎えただろう和久が、電光石火であの城塞マンションを買って玄人を囲うのは当たり前だ。

 あんな姿の玄人を俺が目にしたら、俺だって家に監禁して甘やかす。


「畜生、あいつ等。クロをあそこまで傷つけやがって。」


「――お前が発端だろ。」


「冷静な突っ込みはいらねぇよ。」


 青森の和久と違い、玄人の母方の従兄達は悪たれである。

 頭の黒い方が祖父白波周吉の長男の息子で跡取りの白波しらなみ久美ひさよしで、白い方が長女の次男の佐藤さとう由貴よしたかだ。

 二人は双子のように似ている外見はもとより、二十八歳という同じ年齢の為にか、常に二人で組んで悪さをし放題の碌で無しである。


 そして可愛らしさが欠片もない奴等を、白波の誰もが本来の呼び方をせずに、「クミちゃん」「ユキちゃん」と女の子のように呼んでいる。

 ユキの兄で警察庁キャリアの麻友まさともは「まゆゆ」と呼ばれているらしいから驚きだ。

 そんな奴らが俺の家をふらふら探索して、玄人の持ち物を綺麗に纏め上げて掃除までして行ったとは。


 どうりで玄人が自分で我が家に来る前と後の持ち物の判別ができたものだと、俺が不思議だった事に、ようやく合点がいったのだ。


 だが、おかしな点が一つある。

 本拠地で代々神社を守る白波の孫が、自分の祖父が作った、本気で神様が入っているらしい神棚を壊すだろうか?

 室内に監視カメラが無かったのが悔やまれる。畜生。

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