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現場検証

 北原刑事は遺体の前でしゃがんだまま、室内を見回し始めた。

 遺体となった被害者の、その最後の視線の先を探すかのように。


 現場となったそこは独身者向けマンションの一室だが、ワンルームのような間取りではなく、部屋が独立しているタイプの大型1LDKである。

 きちんと整えられた室内に無駄な小物は殆んどなく、住人であった一人暮らしの男性の几帳面さが伺える。


 惨劇の現場はベランダまで続くリビングダイニングの、カウンターキッチンのカウンター前である。

 被害者が常に磨いていたのか、あるいは独身のために使用回数が少なかったのか、マンションの築年数の割りに汚れのないダイニングであったがために、惨劇時の爪跡ばかりが目立っていた。


 そして、他の室内も惨劇時の洗礼を受けていた。


 惨劇時には全てのドアが半開きの状態だったため、今はもうどこもかしこもその住人の炭化した灰を擦り付けられくすんでいるのである。


 室内を見回し終わった北原は、黒くすすけ切った遺体を見下ろした。

 遺体からは煤で出来た黒い線が走り、それはコンロへと向かっている。

 最初に被害者が燃やされて、コンロの加熱中の天麩羅鍋が燃えるように火を走らせた?

 違うと刑事は考えを改めた。

 コンロで燃やされた火の方が、痛みに動けなくなった被害者へと走ったのだ。


 今までの現場と同じ、時限式の発火装置。


 灯油を含ませたタコ糸を、被害者の全身に巻いて油鍋に繋ぐのだ。

 床から起き上がって逃げることもできない被害者は、必ず糸に火がつく数分を絶望の中で見つめ続ける事しか許されない。

 そして出来上がる、黒い遺体。

 胎児のような格好の死体は、痛みと熱によって体内の筋肉が収縮してしまった事が原因である。


 北原はそっと遺体の鳩尾の少し下を探った。


「この遺体もここを刺されていますね。内蔵を切り裂かれた上に焼かれて、被害者はさぞ痛くて苦しかった事でしょうね。」


「そうなんだよ。そうだよ。私は気づいてから何度も君を呼んで説明したじゃないか。どうして忘れていたのだろう。私は君を呼んだんだ。前回だって、殺人だって君は言ったじゃないか。何とかすると。それでもこの殺人は終わらない。いや、殺人事件にも成っていないではないか。いつも小火の扱いだ。あなたを呼ぶ前だって、何人も何人も、殺人だ、と気づいた刑事ばかりだというのに。違う、いつもあなただ。どうして!一体何が起きているのです?」


 遺体の前にしゃがみ込んだままの刑事は首を振る。


「それであなたが自ら調べていたのですね。」


 北原が見上げて見守る中で、ハっとあざけるような声で司令は笑った。


「仕方がないじゃないか。これ以上被害者を出したくないだろう。お願いだ。調べてくれ!これ以上被害者を出したくないだろう?」


 北原警部は司令に微笑んだ。

 笑顔と言ってもその顔は疲れきり、百年は生きた老人の表情だった。


「どうして、そんな顔で私を見つめるのです。」


 刑事はフッと表情を緩め、司令に知っている事を教えた。


「もう大丈夫です。一年に三人でこの殺しは終わりです。この遺体は三人目です。」


 司令は目をぎゅっと瞑り、終わったのか、と呟いた。


「でも、また起こるんだよな。」


「ですが、この方で今回は最後です。他の被害者は出ません。」


 司令は両手で顔を拭うと、疲れた顔つきで北原を見返した。


「また、同じ事が起きたら君を呼べばいいんだね。」


「はい。次こそは止めますから、司令はどうぞお休みに。」


 青白く疲れた顔の司令は年相応の顔で微笑むと、ドアが半開きの煤けた部屋に入っていった。

 見送った北原はしゃがみこんだそのまま両手で顔を覆った。


「御免ねぇ。野々ののかみ司令。」


 北原がしゃがんだそこには煤けた遺体も消え、事件の惨劇のあとの黒く煤けた汚れた床だけが残っている。

 室内には家具は何一つ残っていない。


 北原はふぅと大きく溜息をつき身体を起こしたが、よいしょと年の割には年寄りの身振りである。

 彼は自分の腰を暫し揉んだ後、疲れた狸のようにしてのそのそと玄関へと歩いていった。

 だが彼はそのまま外に出ずに戸口で立ち止まり、野々上司令の自室の閉まった扉を見つめ、それからゆっくりと首を横に振った。


「毎回同じ遺体現場を見せるんじゃなくてね、君が殺されている最中の、犯人がわかる現場の映像を見せてちょうだいよ。」

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