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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
六 翌日はかわちゃんに悲しさを訴える
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僕のスマートフォンがおかしいの?

 楊は優しく、それはもう、僕が涙が出そうなほどに優しく僕の頭を撫でた。

 僕の両目はじわっと涙が滲み、楊の顔はぼやけてしまったが、楊が僕に浮かべる微笑みははっきりと僕の心にじんときた。


「かわちゃ――。」

「もうお家に帰んなさいよ、意地を張らずに。相手が確実に悪くても頭を下げてやる事も大事よ。相手が馬鹿なら特にね。仲直りしてから相手を反省させれば良いんだからさ。」


 楊は時々母親のような言い方をする。

 そして僕は彼の言う事に、そうかな?、といつも考えを変えるのだ。

 今回も大丈夫かしら?


「どうしたの?玄人の携帯がどうかしたの?」


 お茶を持って来た葉子が、楊の様子に心配そうに声をかけた。


「いやね、ちびが自分でした覚えのない着信拒否が男性名全員にかかっているって言うからさ。」


「でも、和君とかわちゃんのだけはかかっていないんです。」


 スマートフォンを弄っている楊はひょいと顔をあげた。

 目元が少し怒っている。


「和の仕業か?」


「……違います。和君がそんなことするわけないでしょう。」


 フッと楊は目つきを緩めた。


「信頼あるんだ。仲のいい従兄だもんな。」


「いいえ、今オコジョが違うって報告しましたから。」


「酷いヤツ。あんな良い奴、無条件で信じてやれよ!」


 楊はガクッとしてみせたが、再び僕のスマートフォン弄りに戻った。


「いいから、お茶にしましょうよ。」


 僕は葉子の言葉に、その通りだ、と彼女の盆から茶器を座卓に並べる仕事を手伝うことにした。

 葉子の家は公人スペースと私人スペースに別れており、そのスペースは屋内で電子キーによって出入りが出来る。

 外からは、警備員のいる門を潜った後に、警備員の入れない私人スペースの門を潜って、そこの玄関からコンニチワだ。

 僕と楊は完全に葉子の親族扱いなのでその私人スペースの玄関から訪問し、そこから招いてもらえるのが、彼女が寛ぎ彼女自ら振舞う料理やお茶をいただけるプライベートなリビングダイニングである。


 この部屋はロココもモダンもなんの括りもない普通の広い家庭的な空間で、毛足の長いカーペットに埋もれるように置かれたソファは、座り心地だけを追求したかのようなフカフカだ。

 茶器をそれぞれが座るだろう場所に置くと、僕は自分の席に決めたその場所、ゆったりと座れるソファに腰を下ろした。


 いや、体を乗せた、という方が正しい。

 だって、このソファは座るというよりも、柔らかい雲の中に沈んでいく感覚なのだもの。

 その柔らかいソファに抱えられた僕は、体がリラックスしていくのに任せながら、ゆっくりと目を閉じた。


 僕が高級家具に拘るのは寂しいからだ。

 職人が作る名品の椅子やソファは、座る者に安らぎを与えてくれる。

 それらが与える安らぎは、まるで家族に抱きしめられているような、柔らかさと温かさなのである。


「あら、だらっとしちゃって。」


「昨日の飲み会のあと、なかなか寝付けなくて。それなのに目の前で馬鹿ップルのイチャイチャを朝から嫌になるほど見せ付けられたのですよ。朝ご飯も今日は時間が無いからって、クリスティーナにカットチーズとパックのミルクティを渡されました。足りなかったらニンジン齧れって、最悪です。」


 僕の言葉を聞いて、葉子は本当の祖母のように微笑んだ。

 本当の祖母は小柄な体にこれでもかと豪奢な着物を纏う老けた雛人形のような外見であるが、元検事長の葉子でさえ言い返せない鬼のような女だ。

 論理的に葉子が負けるのではなく、存在感と破壊的な物言いで常識人の葉子が二の句が告げなくなると言えば、その碌で無さが分かって貰えるはずだ。

 良純和尚と似ている、僕の愛情深い鬼婆。


 あぁ、良純和尚。


「おい、チビ。これはどこの店で買ったんだよ。中古か?お前のじゃないデータが入っているぞ。」


「え?」


 驚いた僕はすぐに購入した店舗の事を楊に伝えた。


「……マジで、そこ?」


 僕が彼にうんうんと頭を振って肯定すると、楊は僕にスマートフォンを返さないどころか、お茶を飲み終わるやすぐさま僕の首根っこを掴み、葉子の家の真ん前に立つ署に僕を連行してしまったのである。

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