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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
六 翌日はかわちゃんに悲しさを訴える
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僕は家をおん出ていない!

 飲み会の翌日、僕は楊に出会いがしらに頭を叩かれた。


「急に何をするのですか!」


 本気で驚いた僕は、珍しくかなりの大声をあげていたはずだ。


「何をやっているの。急に叩くなんて可哀相でしょ。恋人を取られて家を追い出された子に、もう少し優しさってないの?」


 ボッティチェリのビーナスの容貌をした年齢不詳の美女が僕を庇ってくれた。

 けれど、葉子のその言葉の内容の方に僕は落ち込んでしまっていた。


 そうだ、僕は追い出されて捨てられたのだ。

 恋人までも奪われて。


「えー。捨てたのはチビでしょう。家をおん出たんでしょう。」


 僕は楊に叩かれた頭を抱えながら、その場にしゃがみ込んで言い訳をした。


「だって、帰ったら僕の荷物が纏めて玄関に置いてあって。出て行けって事でしょう?でも、いくらなんでも、僕の神棚まで壊して捨ててしまおうとするなんて酷いです。そこまで嫌われたのだったらって、高額なペンダントだけは返して……。」


 僕は再び涙がこみ上げてきた。

 幾らなんでも神棚を壊すだなんて。

 僕は自分の荷物とモルモット入りのキャリーバッグを抱え、ゴミ袋に入った神棚の残骸を袋のまま引き摺って相模原の和久の待つホテルに戻ったのだ。


 和久は僕の様子を見ていきり立ち、あのマンションの購入に事務所移転と電光石火に動いたのだった。


「あー、そうだったの?チビ。それはわかったよ。でもさ、俺のメールまで無視するなんてどういう事だよ。あいつらを着信拒否するのはわかるけどよ、お前には和君がいれば俺も要らなくなったってことか?」


 僕は頭を抱えてしゃがんだ姿のまま、呆然と彼を見返した。

 今、楊はなんと言ったの?


「ごめんなさい。昨日のメールは和君だとばっかり。それで、え?着信拒否?そんな事、僕はしていないですよ。」


 僕は慌てて自分の鞄の所に走り、自分のスマートフォンを取り出して、電話帳を呼び出す操作をした。


「うそ!」


 これは驚きだ。

 僕のアドレスの男性名の登録が、いつの間にやら、全て着信拒否設定になっているのだ。

 全部は御幣がある。

 和久と「かわちゃん」のものだけは制限が掛かっていない。


「かわちゃん、僕のスマートフォンが誰かに勝手に弄られている。電話帳の男の名前が全部着信拒否設定です。」


「うっそー。」


 楊は驚いた顔をして僕の傍により、僕からスマートフォンを奪った。


「あれ、いいな。これ新型じゃん。ってお前、アウトドアしないのに何でアウトドア仕様のスマートフォンなんか買ったんだ?」


「だって開店準備の日に僕のスマートフォンが水没しちゃって壊れちゃったから。もう二度と水没しても大丈夫なのにしておこうかな、って。」


「ふうん。でもお前さ。前のスマホはデスクトップと連動させていたじゃん?それはこれでもできんの?」


「たぶん。一応元理工学部だから、同期はできる、……かも。」


「まあ、お前にできなくともあいつにはできって、ごめん。泣くなよ!」


「泣いていません!」


 僕は腕で目元の涙を拭った。

 水没したスマートフォンは、良純和尚に奪われたり、返される時には機能が追加されていたりと、僕の大事な大事な宝物でもあったのだ。


 それが!いつのまにか新店舗のキッチンの流しに転がっていた、なんて。

 なんて失態!

  新店舗の開店準備に追われていたから、僕が適当に置きっぱなしにしていたのだろうし、そこを誰かが知らずに流しに落してしまったのだろう。

 でも、あれは、大事な大事なスマートフォンだった!


「おい。泣きながらでもいいからこっち向け。」


 スマートフォンを操作する楊が、僕に変な目線を寄越していた。


「暗証番号は以前と変わっていないか?開かないんだけど。」


 僕は以前に事件の犯人と名指しされ、スマートフォンを警察の楊に調べられた事がある。

 当時は記憶喪失で数字に意味はないと思っていたが、僕はその数字の組み合わせを変えることが出来ずにいた。


 記憶を取り戻した今ならばわかる。

 その数字は亡くなった母の誕生日だったのだ。


 実の父親にはネグレクトされ、僕から金銭を奪う目的で継母が僕を自立しないように阻害していた八年間、記憶を失いながらも僕は無意識で実の母に縋っていたのに違いない。

 そんな僕は、良純和尚によってそこから救われて幸せになれたのだ。

 その幸せもほんの数日前までの話だけれど。


 だから、今の僕は不幸になったってことで、また僕は縋ってしまっているのかもしれない。


「――僕と良純さんと淳平君の誕生日にしました。」


「もう!この子は!」


 叩いた先程とは違い、楊はそっと僕の頭を撫でた。

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