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だって辛いんだもん!

 和久は僕を心配しているだけだ。

 それを僕はよくわかっている癖に、僕の口から出た言葉は和久への罵倒の様な言葉だった。


「遅くなるから待っていなくていいって、僕は言わなかった?何度もメールを送ってくるし、ちょっと和君過保護だよ。」


「どうしてそんな言い方するかな。クロちゃんは狙われやすいのに警護も付けずに出歩いているから心配なのは当たり前でしょう。」


「今日の飲み会は刑事と消防士だから確実に安全だと言ったでしょう。彼女達にちゃんと帰宅も安全か確認してもらったし。大丈夫でしょう。」


 僕はどうしてこんなに和久にイラつくのかわからない。

 良純和尚の家にいた時は、僕はスマートフォンしか渡されずに完全に監禁状態の時だって有ったというのに、和久の拘束には鬱陶しく思うようになっているのだ。


 僕の従兄の和久は、青森出身が伺える東北の彫の深い男前の顔立ちだ。

 身長は小柄な武本家の例に倣って百七十センチくらいの標準だが、学生時代短距離走でインターハイの選手であった彼は、スポーツマンらしく今でも絞まっている体つきをしている。

 和久はその彫の深い目元に皺を寄せ、大人が子供を叱る眼で僕を睨んでいる。

 その顔は僕をネグレクトした実の父親の顔に重なった。

 彼らの外見はよく似ている。


 違う。


 和久は僕が大好きだった祖父の武本たけもと蔵人くろうどの方にこそ似ているが、僕がかなり苛立っているから実の父親の顔が瞼に浮かんだだけだ。


 僕を決して受け入れなかった実の父。

 記憶喪失だった僕が取り戻した記憶は、実の母の死と、父が僕を一切可愛がらなかった事実であった。


 僕は愛されていた記憶を失っていたのではなく、愛してくれていた母を失った事で父親に愛されていない記憶を棄てていたのだと思い知ったのである。

 僕の実の父親は、同じ家にいても僕を避けて自室から出てこない男。

 それは実の母が生きていた時も同じであったのだ。

 僕の祖父母からの積立貯金の横領はおろか、彼らからの手紙でさえ握りつぶしていた継母は、僕の母を線路に突き落とした殺人者でもあった。


 母は僕が虐めで殺されたと聞いて、意識のない僕の所に駆けつける途中で、父の昔の恋人であった詩織に殺されてしまったのである。


 実の母を死なせる情況を作ってしまったのは、僕が人と上手く出来ないせい。

 母が父と離婚をしなかったのは、当主の僕を武本から引き離せないからだ。

 母の生きがいは僕であり、僕の幸せしか母は考えていなかったのに、それなのに、僕は母の足枷となり、不幸を呼び、そして死まで引き寄せてしまった。


 母の死は僕のせいなのだ。

 どんどんと視界が狭くなり、心臓がきゅうっと締め付けられた気がした。


 痛い。

 胸が痛い。


「クロちゃん!」


 和久の滅多に無い大声に僕はビクっとして、ビクッとした事で胸の痛みが消えていた。

 そして、先程の大声が幻聴かとおもうほどの静かな声を和久は出した。

 静だが厳しい声。


「心配を僕にかけたくないのならね、メールに返信だけはしてって話でしょう。」


 僕は和久のメールを読みもしなければ理由をつけて確認もしなかった。

 どうせ、良純和尚からも山口からも僕にメールが届くわけもない。

 スマートフォンを忘れて置き去りにしたいほど、僕はその事実から逃げたくて仕方がないのだ。

 僕は和久からも逃げ出したくなって、彼に返事も返さずに階段をダダダダと駆け上がった。


 メゾネットタイプの3LDKのマンションの上階二室のうち、一室が僕の部屋で向かいがモルファンと振り分けられている。


「君は狙われやすいのだから、もっと安全に留意してよって話でしょ。」


 和久の大声が階下から聞こえたが、僕は部屋に飛び込んで、そのままベッドに顔を埋めた。

 山口の寂しそうな顔が忘れられない。

 良純和尚に会いたいと涙が止まらなくなったのだから仕方がない。


「クロー。お前ちょっと悪い子過ぎだぞ。」


 モルファンが部屋に勝手に入って来た。

 僕は朝から晩まで泣いて我侭していないと、自分が保てなくなっているのだ。


 僕が煩いのならば放って置けばいい。


 八年間、誰もが僕から縁を切っていた癖に。

 記憶喪失の僕を見守る事こそ僕のためだと、祖父の遺言を信じていたくせに。


 無理矢理記憶を取り戻したら僕が死んでしまうからだけど、僕は皆に囲まれて死んでいた方が良かった。


 上半身をグッと持ち上げられたかと思ったら、僕の上体はモルファンの膝に持ち上げられていた。

 彼女は僕を膝枕して、まるで母親のように僕の頭を撫ではじめた。

 僕は彼女の優しい所作にさえ苛立ちを覚えた。

 気まぐれで僕をかまうのは止めて、と。


 彼女の手を払い、それでも彼女の膝から顔も上げずに、優しい彼女に酷い言葉だけを投げつけた。


「変な金髪に染めちゃって。僕は、和君だって、クリシュの元の髪色のほうが好きだよ。和君なんて泣いちゃったんだからね。僕達が嫌いなら、僕達が好きなものを駄目にしないで言葉で言って。」


 ゴロロ、ドン。


 余計な事を話したせいでモルファンは勢いよく急に立ち上がり、僕は彼女の膝から転げ落ち、ベッドからも落ちた。


 痛い、酷い。

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