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心配してくれるのはわかっている

 僕が良純和尚の家を出てきたと知った和久は、その日のうちに彼の泊まるホテルに僕の部屋も取り、二日しないで相模原市にマンションを購入した。

 和久の凄い所は、そのマンションにモルファンまで引き入れたのだ。

 江戸川区の事務所は今月中に畳み、このマンション近くの物件に事務所を移動する手筈も整えている。


 流石、武本物産の御曹司。

 当主の僕よりも実に有能な人間なのである。


 武本家に当主五十年の呪いさえなければ、祖父は彼を当主に指名しただろう。

 彼は僕と違い健康体で寿命も長い。

 優秀な彼が当主となれば、武本の大いなる繁栄は決まったも同然だったろうに。


 呪いに対抗するために祖父が僕を作り出し、僕はこの世に生まれることができたのだからありがたいが、僕が当主なばっかりに、先細るだけの武本を永らえようと祖父は百貨店を閉めていったのだ。

 僕のせいで大好きだったデパートの仕事を失った由紀子が、新店舗から僕が不要だと言い放つのは当たり前の話だ。


 僕は死神で縁起が悪いだけの生き物だ。


 それでも僕が生きなければと思うのは、僕が死んだら和久に呪いが行くからだけである。

 既に余命の無い僕には、武本の呪いは五十歳まで生きられる祝福だが、八十歳以上の寿命が確実に約束されている和久には、武本の五十年の約束は命が制限される短命の呪いにしかならないのである。


「毎日遠いよ。事務所移転終わるまであたしは江戸川区でいいじゃない。」


 僕にとても優しい和久は、毎朝嬉しそうに騒ぐモルファンと共に毎日江戸川区の事務所に通い、僕は彼らがゴールインしてくれるといいなぁ、と彼らを見送る。

 それから無能で暇人の僕は、和久達がいない昼間は愛娘のアンズと遊び、遊び飽きると松野葉子宅を訪問して僕が彼女に遊んで貰っている。


 松野葉子はマツノグループの総裁であるが、楊の婚約者の祖母でもある。

 良純和尚の親友の楊に僕が未だに頼れるのはそういうわけだ。

 また、松野の家は楊が本部から相模原東署に左遷された時に建てられたので、その豪邸は警察署の斜め向かいに聳え立ち、楊の日参を無言で要求しているという佇まいだ。

 僕が彼女を楊のストーカーだと思う理由でもある。


 ビリリリ。


 またスマートフォンのせいで鞄が振動している。

 僕はうんざりしながら建物の上を見上げた。

 和久の部屋に灯りが灯っている事に、僕はハァと大きく溜息を出し、彼に返信をすることはおろか、スマートフォンを確認する事自体しないで僕はエントランスに入っていった。


 和久が購入したマンションは、完全オートロックに警備員とコンシェルジュまで常駐している、十五階建てのファミリー向け高級マンションである。

 自動ドアのエントランスに入るとすぐ横に訪問客用の待ち合わせラウンジが設置されており、正面には自動改札機のような機械が来客者を締め出している。

 駅のようにカードキーでその改札機でチェックしないと、建物の居住空間どころか居住者用エントランスホールに立ち入る事が出来ないのである。


 勿論、無理矢理に機械を乗り越える暴漢防止に、機械にはアクリル板でできた開閉式のガードもあるし、機械の脇には警備員が常駐している。

 僕は毎回この機械を通りながら、このマンションをポンと買ってしまった和久が、一体幾らの個人財産を持っているのだろうと考えては背筋が寒くなっている。


 彼は武本の仕事は家業と割り切っており、彼の本来の仕事は世界的に大活躍しているらしいグラフイックデザイナーなのである。


 エレベーターから降りて、ホテルのような内装の内廊下の共有廊下をテクテクと歩いて辿り着く玄関ドアは、ディンブルキーの鍵穴が二つに指紋認証まであるオートロックキーだ。

 僕が玄関ドアの前に立った途端にドアが開き、出迎えた和久は少々どころかかなりイラついていた。


「飲み会は我を忘れるほど楽しかったのか?」


 飲み会でも僕は我を忘れられなかったから、君の電話に僕は出られなかったんじゃないか!

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