恋愛バトルの裏で僕は自分の恋を思う
特対課のブラックな女達に、男達は一斉に引いている!
東工大出の防衛省役人が、ようやく場を取り繕うと考えてか藤枝に語りかけたが、脳みそが固まっているらしく間抜けな物言いだった。
「え、えと、以前はどんな感じだったの、かな?」
藤枝は丸めた割り箸の袋を佐藤に投げる作業をやめて、スマートフォンを操作し始めた。
「こんな感じかな。こっちの方が可愛いでしょ。」
藤枝が平然とスマートフォンの画像を僕達に見せつけた。
僕は本当に彼女に尊敬の念が途切れる事はないなぁ、と画像に見入った。
彼女が僕達に見せたのは、全く嘘偽りがない、普通に僕がいつも知っている彼女の顔だったのである。
丸顔に離れた大きなどんぐり目という、笑顔が素敵な愛嬌のある狸顔だ。
僕は飯綱使いという父方の家系の血か、白ヘビの神社を守る母方の血のせいか、見えないものが見え、見えるはずのものが見えないという特性を持っている。
つまり、整形した顔は整形前の顔にしか僕には見えない。
その特性の為に様々な苦労をさせられ、実の父親からの虐待もあり、鬱を患っていた事もあるほどだ。
二十歳の頃に良純和尚を紹介され、そこから彼に守って貰っての今がある。
けれど、僕にとっての世界だった彼に、僕は完全に切り捨てられたのだと思い出した。
僕はアンズを迎えに行って、そして、僕の荷物が一切合財片付けられていた事を知ったのだ。
良純和尚の家に行く前の物だけが鞄に詰められて、玄関にこれを持って出ていけという風に置かれていたのである。
僕は完全なる別れだと理解して彼から貰ったペンダントを机の上に置くと、鞄とアンズを抱えて良純宅を、僕の家だったそこを去ったのだ。
去る時に庭を覗いたが、僕のボケが抜かれていなかった事にはホッとした。
僕が家族になったからと、良純和尚が植えてくれた僕の木だ。
僕が死んだら約束どおり骨を少しそこに埋めてもらえる。
そうしたら僕は家に帰ることができるのだろう。
今はあと三十年の寿命が長く感じるほどだ。
斜めかけの鞄がビリビリと震えた。
この鞄は良純和尚が作ってくれた。
今の僕にとって唯一の彼のよすがの品物だ。
山口は自分と本当のお揃いの鞄じゃないから、お揃いのブランドの物をプレゼントすると言ってくれたが、僕は「帆布の所がお揃いだからいい。」と断った。
僕も山口を傷つけていたなと、その時の彼の顔を思い出した。
彼はとても寂しそうな顔をしていた。
思わず耳元を触る。
別れたくせに、未だに彼から贈られたイヤーカフを右耳に付けていた。
彼は僕が贈ったホピ族の太陽の意匠が刻まれた指輪など、とっくに左手の指から外していたというのに。
「うわぁ、ものすっごい改造したんだ。刑事って大変ねぇ。顔は痛くない?それで、こちらの方々もやっぱり整形しちゃったんだ?」
豊浜の台詞に僕はスマートフォンを確認する事を忘れた。
僕は彼女の言葉で、どうして藤枝の意地悪も口の悪さも図々しさも、全て許せて尊敬するのかがわかったのだ。
藤枝には悪意がなく、本気で人が傷つく言葉は吐かない。
対して豊浜は傑をモノにしようと、藤枝に対して攻撃的で悪意が丸出しだ。
「バーカ。こっちは天然だよ。あたしはね、自分と自分の生き方に自信があるからさ、顔が変わったぐらいでガタガタしないのよ。こいつらなんか最近酸をかけられたくらいで、ピーピーギャーギャー小煩いの。痕が残っちゃう、どうしましょうって。」
「そんな煩いあたしらに皮膚科リスト作って渡してくれたのはあんたじゃん。あんたさ、ツンデレだよね。普通に優しくてびっくりだよ。」
藤枝がずっと年上だろうがなんのその、フランクで自由人の水野が平気でからかった。
だが、藤枝と水野のやり取りで場が和んだ事は事実だ。
そこで思い出したことがあった。
「あ、以前の飲み会に被疑者を招待していたのは、藤枝さんに何かあったらみっちゃん達に頼むって意味合いもあったのですね。あと、嫌な奴なら僕達が悲しまないからって?」
彼女は女子会に当時の犯人三名を勝手に招待して、その場の雰囲気を大いに壊した事があったのだ。
バシっと隣の藤枝に頭を叩かれ、見上げたら彼女は顔を真っ赤にしていた。
「バ、バカな恥ずかしい事を大声で言うんじゃないよ。」
やっぱり藤枝はツンデレだ。
「なんかさ。君は凄くいいよね。」
なんということだ。
もう一人の楊が藤枝に転び始めた。
藤枝は彼女にしては優しそうな柔らかい笑みを傑に向ける。
「あ、そうだ!この間俺達の消防署に来ていたのは不思議事件を検証する為でしたよね。俺達の怖い話も知りたくないですか?大昔に殺された消防司令が住む部屋から小火の呼び出しが来て、向かうとそこに死んだはずの司令が待っているっていう。」
従妹思いらしき田上が身を乗り出した。
お陰で傑と藤枝の雰囲気は台無しになり、藤枝はあからさまに舌打ちをした。




