もうひとりの楊
合コンの男性メンバーは当初の四人から一人増えて五人となっていたが、勲達が人数に合う様に追加の女性も一人連れて来ていた。
物凄く勲っちは必死だな、僕はそんな風に考えた。
さて、勲が連れて来た女性は、看護師で二十五歳の豊浜瑞波という方で、二十六歳の消防士の田上和馬の従妹だと自己紹介した。
合コンの自己紹介は、年齢を言ってから肩書を言って名前を言わねばならないのかと僕は学んだが、僕はそこで泣きそうになった。
良純和尚のところにいれば、二十一歳、百目鬼不動産勤務、百目鬼玄人と言えたのに、今は、職業のところが、無職、だ。
家事手伝いもしないから、生粋の無職だ。
「あの女の狙いはお前の向かいの防衛省の奴だね。」
自称筋金入りの合コン女の藤枝が、落ち込む僕の左耳にこそっと囁いた。
僕は藤枝が囁いた事に驚いていた。
いつもだったら大声で言い放つはずだ。
「お前、ちゃんとあの楊をあたしに誘導しろよ。」
僕はガクっとした。
ガクっとしながら、藤枝がいつもの彼女であることにホっとした。
ブレブレの僕の人生において、彼女のように変わらない存在ってとても素晴らしいものなのである。
藤枝と強行参加らしき豊浜が狙う防衛省の奴は、楊の弟の楊傑だ。
一卵性双生児でありながら似ていない彼らは、傑の方が背も高く体格も良いが、顔は楊の方が確実に上だ。
但し、単体で見る限り、傑はそこらにいないようなハンサムで頭脳明晰でもあることで、完全に優良物件なのである。
いや、楊が横にいても、絶対に傑の方が優れて見える。
傑は楊のような窓際親父ごっこなど絶対にしないからだ。
そんな優れた傑は、最近離婚を経験している。
子供が生まれたばかりでありながら、その子供の顔が気に入らないと妻が育児放棄をして家出したあげく、一方的に傑に離婚届を送りつけて来ての離婚だったそうだ。
整形前の自分の顔に子供がそっくりなだけだったのだが、彼女は自分が整形した事を知られる事が何よりも許せず、また、整形するほどに嫌いな顔を見る事もその顔が幸せそうなのも許せなかったようである。
「このままでは子供を殺してしまいそう。」
そこまで言ってしまう程に追い詰められた人に、離婚を思い留めろと誰が言えるであろうか。
傑は我が子が生まれた一か月後にシングルファーザーとなり、今は横浜市の両親と祖父母が住まう実家に身を寄せて、子育てに奮闘しているのだそうだ。
赤ん坊を抱えて一人で頑張る傑が心配だと、きっと楊の兄心で傑に参加を促したのだろう。
必ず初対面時に自分を「かわちゃん」弟を「ケツ」と紹介して、傑が何時も「ケツ」呼びの可哀相な身の上にしていた兄でも、やっぱり兄なのだ。
そして、傑と彼の妻の破局に至った発端を作ったのは、不幸を呼ぶ代名詞のこの僕だ。
「鼻と目元がお母さんそっくりです。可愛いですね。」
僕の不用意な言葉が、彼女には糾弾の言葉に聞こえ、そして彼女を追い詰めたのに違いない。
「あの子を追い払って、パパ。」
思い出したくもない昔の僕のセリフまでも、芋づる式に思い出してしまった。
実の父親にネグレクトされているからと、親戚の伯父と親子ごっこをしていた時の幼い頃の僕の言葉だ。
伯父が再会したばかりの生き別れの実弟に愛情を注ぐのを目の当たりにして、僕は自分の居場所を奪われまいと、あの不幸な青年をその家から追い払ったのだ。
胸がきゅうっと締め付けられた。
今の僕があの時のあの青年の身の上なのだ。
なんていう因果応報。
どん。
僕の左肩が衝撃を受けた。
「ここは飲み会。笑顔を張り付けておけ。」
「あ、ごめんなさい。」
僕は藤枝の言葉に顔をあげて、そして僕の目の前が傑だったので、傑は僕と目が合うとにっこりと、僕をいたわるような笑顔を見せた。
「勲君がさ、誘ってくれてね。急に参加したから人数がおかしくなって御免ね。豊浜さんには感謝しているよ。」
「いいえぇ!誘って頂いてうれしいですぅ。」
わお!豊浜は目尻も口元も溶けてしまいそうな笑顔を傑に返した。
「ほんとおぅ。あたしが傑さんに会えるようにしてくれて、ありがとおぅ、豊浜さあん!」
僕の隣の藤枝もやる気なようだし、傑は今夜は大変だね。
傑は楊よりも察しが良いのか、苦笑いを顔に浮かべた。
勲は従兄弟の窮状を知って、ハハハといい声で笑って、いい顔で微笑んだ。
勲は楊兄弟の父方の親戚で、口元が楊達とそっくりだ。
楊達よりも意志の強そうな太い鼻梁と彫の深い目元で、レスキュー隊の小隊長にふさわしい頼りがいのある顔付きである。
ちなみに、楊と傑の父は結婚時に妻の方の楊姓を選んだ人であるので、楊の父方の親戚は佐藤さん姓となる。




