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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
三 俺こそあいつに縋れと言うのか?
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友の慰め

 俺の仕事場で楊は猫みたいに平気に転がっているが、ここは引き渡し直前のリフォームどころか掃除が済んだ場所ではなく、掃除真っ最中の小汚い場所だ。


 俺がコンロ掃除などをしているのが、楊は目に入らないのか?

 わかっている上だな。

 彼の行動が俺の気を和らげるためだと気が付いて見ても、いつもだったら笑える彼の行動も、今の俺には小煩いく感じるだけだった。


「かわちゃん、埃で白くなっているよ。」


「煩いよ。お前のせいなんだからお前がクリーニング代を出せよ。」


「イヤだよ。」


「俺はチビの居場所を教えてやれるのにね。」


 俺は楊の言葉に無意識に言い放っていた。


「必要ないよ。」


 そうだ。

 出て行きたい奴は出て行けばいい。

 あいつを俺の手元においても、あいつは俺が一番ではない。

 一番じゃない癖に、俺が抱こうとすれば俺の為にと受け入れるだろう。


 だが、それでは駄目なのだ。


 そこで俺はあいつを煽って、あいつが以前のように山口よりも自分を可愛がれと俺を自分から求めると考えたが、彼は俺から逃げただけだった。


 それに、無理矢理玄人を連れ戻したところで、どんなに甘やかせて可愛がってやろうとも、あいつは俺を残して早世するのだ。


 金持ちの家特有の繰り返し行われた近親婚の為にか、玄人は染色体異常を抱えている。

 過去に武本家の誰かが「当主が五十歳まで生きられますように」と願をかけたが為に、五十歳前後で当主が死ぬ呪いに願が変わった間抜けな家だ。


 けれども、それが為に玄人は五十歳までは生きられる。

 喜ばしいが、あいつは後三十年しか生きられない。

 三十年ならばまだまだ時間があるはずが、俺は玄人を失う恐怖で尻込みをしてもいるのだ。

 あいつがいなくなったら俺はどうするのかな、と。


 フッと笑いが出た。

 今の俺の状態がそうじゃねぇか。


 再びコンロに向き直った。

 真っ黒で煤けたコンロは、この部屋で小火が出た証拠だ。

 三年前に八十歳の一人暮らしの老女が小火を出し、駆けつけた消防隊が見た物は、火を消そうと奮闘したからなのか、寝巻きに火が移って真っ黒焦げになって焼死した彼女の遺体である。


「やめた。」


 楊がガバっと起き上がり、期待に両目を煌めかせた。


「チビに連絡する気になったか?」


「阿呆。このコンロはそっくり新品に入れ替えるだけだ。磨いたところで仕方が無いだろ。本当に一目で無駄だとわかるのに、俺はどうしてこれを半日かけて磨いていたのだろうな。」


「もー。」


 再び楊が叫んで転がった。


「お前はいい加減に帰れよ。一課を預かる課長さんだろうが。」


「えー。女の子達は合コンに送り出したし、男共は山口囲んで野郎会。髙がお留守番して、俺は今日半ドンだもん。コンロを放り投げるなら、俺にご飯作ってよ。」


「イヤだよ。普通は心配しているヤツが飯を作ってやるもんなんだろ。」


 寝転がったままの楊が、寝転がったままくすくすと笑い出した。


「どうした?」


「俺がお前を心配しているのがわかっているんだ。うれしいねぇ。だったらさ、心配をかけたお詫びに何か作ってよ。」


 子供のように駄々を捏ねる楊に、ちゃぶ台に陣取って偉そうに飯を待つ玄人の姿を思い出した。

 そういえば俺は、何日まともな飯を作っていないのだろう。


「お前は何が食べたいんだ?」

「牛腿肉の煮凝り風野菜スープのゼリー寄せ。」

「それは玄人の好物じゃねぇか。今から作っても喰えるのは明日だろうが、ふざけんな。」


「じゃあさ。すき焼きでいいよ。」

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