消防士に呼び出された警官
部屋の状況は以前の現場と同じものだった。
天井は煤に塗れ、その煤は黒い大蛇が這ったような筋に出来上がっている。
有機物を焼いて炭化させた黒い煤は、この部屋で命を失ったその者が助けを求めるかのように逃げ場を求めて、そこいらじゅうをのたうち回ったようである。
「かわいそうにね。」
部屋を見回していた消防士が後ろで憐みの籠った声を聞き、後ろを振り向けば一人の男が警察のバッジを翳しながら室内のドアをあけて入って来た所だった。
その男は丸顔の狸の置物にも似た風貌だが、暗澹たる部屋に対して憐憫の情が見える表情でドアを開けたそこで部屋の内部を見回している。
先程の呟きはその初老の刑事によるもので、彼は上がりかまちに足を上げる前に軽く室内に手を合わせ、それから玄関を靴のまま乗り越えて消防士の方へとやってきた。
刑事は消防士をじっと見つめ、玄関ドアを開けた時と同じ言葉を繰り返した。
「本当に、かわいそうだ。」
そう感じて貰わないと困る、と消防士は胸のうちで呟いた。
この程度の小火にしか見えない現場に、今までも同じように遺体があった。
けれどもどの現場においても、警察官は遺体となった人物による失火としか判断しなかったのである。
どうしてだ?
見ればこれが連続殺人だとわかるだろう?
彼は殺人事件として捜査して欲しいからと、今回は自ら警察を呼び出したのだ。
「どうも、中央署の北原と申します。」
自己紹介をする初老の警部が取り出したのは、今度はバッジではなく名刺であり、消防士はデシャブーを感じながらそれを受け取った。
それから彼も自分の氏名と身分を名乗ったが、彼は消防司令であった。
北原警部は、目の前の男に驚きの表情を見せた。
「司令さんが直々に?こんな、小火の現場に。」
中年にさしかかった若き司令は、情けなさそうに首を振りながら、低い笑い声を上げた。
「私の先走りでしたら幸いですよ、北原警部。人間は同じような失敗をするものですから、同じような死に方、同じような現場は多いでしょう。ですがね、この現場は違うのですよ。一分一厘違わない現場ってどう思われます?ここは以前の現場が繰り返されたかのようにそっくりなのです。以前の現場とはですね――。」
北原は片手を上げ、勢いづいて語り出した司令を制した。
「すいませんね。すいませんが、私に偏見無しに現場を見せていただけますか?その上で司令のお話を伺いたい。」
北原は司令から離れると、遺体の側へと向かい、しゃがんで手を合わせた。
遺体は生まれたばかりの胎児のように体を丸めていたが、その体は地獄の業火で炙られたが如き、炭化してしまう程に真っ黒に焦げていた。