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第四話

 慶長八年(一六〇三)二月、徳川家康は朝廷の宣旨により征夷大将軍に任じられている。島津が屈服し、日本全国の武家がみな押し並べて家康の前にひれ伏した上は、予想に違わぬ任官であり、豊臣にも異論はなかった。そもそも秀頼の関白任官を志向する豊臣には、秀頼こそ将軍に相応しいなどという発想がない。徳川家の将軍任官それ自体は、豊臣にとって関係のない話だと認識していた節がある。

 むしろ問題は、このとき秀頼が任じられた内大臣という官職である。

 この任官は、将軍と同時に右大臣に昇った家康と比較して、秀頼が明らかにその下位に置かれたことを意味していた。期待していた関白任官どころの話ではない。これではまるで徳川が秀頼にくれてやった捨て扶持である。

 秀頼内大臣任官の翌五月一日、茶々は「気鬱、不食、頭痛」といった症状で曲直瀬玄朔の診療を受けている(『玄朔道三配剤録』)が、秀頼の関白任官を契機に豊臣の家政から手を引いて落飾するという将来設計が水泡に帰し、気落ちした結果と思われる。引退できると思っていた仕事を更に続けなければならなくなり、一種の抑うつ状態に陥ったのであろう。

 つい何ヶ月か前までは馬鹿みたいに浮き立っていた己を腹立たしく感じる治長である。

 臨終の床にあった太閤秀吉が、その枕頭に家康を呼び寄せて

「もし秀頼にその力量があれば、天下を返してやって欲しい」

 と遺言したことを治長も知っている。

 結局家康は、秀頼に、そして秀頼を盛り立てるべき豊臣家臣団に、その力量が欠けていると見切っただけの話であった。家康からそのような目で見られていたにもかかわらず、当事者だけがありもしない秀頼の関白任官に心を躍らせていたのである。道化も良いところであった。

 豊臣の権威、地に墜ちたり。

 天下の人々が豊臣を嘲笑する声が聞こえてくるようだ。主家に対する嘲笑は自身に向けられたそれと同義である。

 ーー腹立たしい。怒りをぶつける相手が欲しい。

 この場にいない家康や、主人である茶々、秀頼母子、そしてあまねく天下の人々をその対象にするわけにはいかない治長は、目の前に座る家老、片桐且元ひとりに容赦なく怒りをぶつける以外、憤怒を差し向ける方向を知らない。

「御家老は何故そのように他人事でいられるのか。悔しくないのか」

 治長の怒号に対して、且元は飽くまで冷静である。生前の太閤秀吉に近侍し、そのナマの怒気に直接曝されることが頻繁だっただけあって、且元は他人の怒りというものを受け流す方法をよく心得ている。

「悔しいも悔しくないもあったものか。秀頼公はまだ十一歳ではないか。いずれ機会も巡ってこよう。待てば良いのだ」

「待てば秀頼公が関白に任じられる確信がおありか」

「我等次第である。天下諸事を切り盛りする力量さえ示せば、道は自ずと開かれる」

「して、その方途は」

「いまは……なんとも思い浮かばぬ」

 力量を示すに戦勝を重ねるという方法が確立されていたのは一昔前までであった。秀吉も家康も、実際いくさでの勝利を重ねることで天下人に相応しい力量を示したのである。しかし、いまとなっては天下に力量を示すと一口に言ってもそう簡単な話ではない。単純にいくさがなくなったからである。且元が苦慮するのも当然の話であった。

 しかし怒りを他人にぶつけることが半ば目的化していた治長には、そんな且元の苦慮は関係がない。

 治長は答えに窮する且元を更に追及した。

「ふんっ! 頼りがいのない!

 よろしいか。豊臣の権威は今回の件で地に墜ちたのですぞ。徳川は主筋たる豊臣を明らかに下に置いたのですぞ。そのように益体もないことでなんとなさる」

「地に墜ちてなどおらぬ」

 治長と比べて言葉少なだが、先ほどと打って変わって且元は、自分の言葉に確信を持つものの如くそう答えた。

 確かに且元が確信を持って答えたとおり、今回かなわなかったことを以て豊臣の関白任官の道が未来永劫絶たれたわけでもなんでもないのである。なんといっても豊臣家には、五摂家以外で関白職に就いたことがあるという立派な先例を有している家柄であった。これは徳川家でさえ持たない特権であり、何ごとも先例を重視する朝廷から見ても無視できない事実である。

 いまさらどこぞの田舎侍のように猟官運動に血道を上げる必要は豊臣家に限っていえばなく、ただ黙って時代の移り変わりを待てば良いだけなのである。豊臣の権威が地に墜ちたとはいったい何の話か。

 且元に切々と説かれると、そのようにも思われてくる治長であったが、且元が最後に言った

「万が一秀頼公の任官がかなわなかったとしても次がある」

 という言葉は、治長を再度激昂させた。

「それは一体どういうことか!」

 そのようなことは口にすることさえ憚られるのだとでも言わんばかりに治長は怒号した。

 治長自身も、この自分の怒号が揚げ足取りだということをよく分かっている。しかし一度振りあげた拳を黙って下ろすには、且元の言葉は理路整然としすぎていた。

 それにもし且元の言うとおりだとして、秀頼の次の世代ともなると、豊臣家がその栄誉を取り戻すころには、自分の存命すら覚束ないほど先の話になるだろう。それでは困るのである。豊臣家家臣団の一員として、自分もその栄誉の一端にあずかることができなければ意味がない。

(このじじい、とんでもないことをぬかしやがる!)

 治長の且元に対する怒号は、彼の生母にして茶々の乳母、大蔵卿局おおくらきょうのつぼねがやんわりとたしなめるまで続いた。


 ひとしきり怒鳴り散らし、肩で息をつく治長。

 その心中に

(あの爺、いつか殺してやる)

 という憤怒が渦巻いていた。

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