65、灰原ノア
「サーヤの暴走はいつものことだから良いわよ……」
楓が面倒そうに呟く。
「そうだね……」と千夏が同意すると、サーヤも「!?」となりシュンとする。
相手にされないと彼女も小さくなるのである。
「本題入ろう。千夏の好きな人をサワルナが狙ってるとかいうやつ」
「だからサワルナはあんな害虫狙ってないですよ!」
「狙ってない相手にいきなり優しくなってわざわざ高いフラペチーノ奢ったりしますかね?みんなはどう思う?」
「あー、狙ってるわこれ。千夏から男奪おうとしてるの占いするまでもないわ……」
「決断早すぎですよサーヤ先輩!?サワルナは害虫よりもっと良い男狙いです!」
「私の好きな人が害虫呼ばわりされるのが普通に不快なんだけど……」
「それくらい嫌いなんです!千夏先輩相手でもサワルナ、これだけは譲れないっす!」
「そこまで言うならサワルナちゃんを信じたら千夏ちゃん?」
「ですよね、ノア先輩!ノア先輩優しい!」
ノアの進言に「うーん」と納得のいかない千夏。
「どう思う楓?」と、このメンツで1番まともな感性をしている彼女に話を振る。
「そもそも私も千夏の片思い男子君のこと、よく知らないし……。でも、サワルナが男を狙うってのがイメージ出来ない」
「そう!それですよ!いや、さすがっす楓先輩!」
「投げやりじゃない?」
「んなことないっす!」
「じゃあさ、サワルナちゃんの男の好みってどんなの?」
ノアが純粋な興味から振ると、小鳥も「サワルナの男の好み知りたい」と乗っかりだす。
2人が興味を示すと、言わなきゃいけないオーラが出てしまいサワルナは劣勢に追い込まれる。
「さ、サワルナは男に興味なんか……」
「いや、先輩命令だから。そこはもう強制」
「ちょ、パワハラやめてくださいよサーヤ先輩!?皆さん止めてくださいよ!?」
「…………」
「…………」
「あ、サワルナの味方0だ!?」
サーヤのような露骨なパワハラはみんなしなかったが、なんやかんやサワルナの男のタイプはみんなが知りたい様子である。
「えぇ……」とサワルナがこの嫌な空気を変えようとするが、先輩たちからの無言の圧力に彼女も観念したように息を吐く。
「そうっすね……。サワルナは年下男子を連れ回したいっす」
「千夏の片思いも年下だったわね。これ、サワルナ狙ってるわね。妾にはわかる」
「だから違いますって!サワルナ、バカは嫌いなんすよ。害虫はバカの中のバカじゃないっすか?ね、千夏先輩?」
「バカじゃないもん!」
千夏は認めないながらも、サワルナは秀頼はバカだと確信している。
妹と会った際の出来事を色々思い返すと、明智にはバカな面しかなかったと心で断言する。
そう思うと、千夏にはふさわしい男とは到底思えなかった。
「千夏先輩はあの男に夢見すぎなんすよ。まぁ、顔はそこそこモテるかもしれないっすけど口を開けばバカ丸出しじゃないっすか。サワルナはもっと自分を認めてくれる人が好みっす」
「ここまで言うなら本当に狙ってないんじゃない?」
「あいつに奢ったのもちょっと世話になっただけだからなんすよ。嫌いな相手にも感謝をしなくてはいけないみたいなことあるじゃないっすか?ああいう感じなんすよ」
「何に世話になったの?」
「あいつ、妹のボーイフレンドと友達なんすよ。妹関連でフォローしてくれただけなんすよ。マジそんだけ」
「え?ずっと意識失ってた妹にボーイフレンドとかいたの!?」
「サワルナの妹はサワルナより優秀な出来た子ですから!」
先輩たちに自分の事情をはじめて語るサワルナ。
なんてことはない、明智に感謝こそあれ、好きか嫌いかと言えば嫌いだと自分の心に気付き、サワルナは安心する。
あの男はサワルナ好みの自分を認めてくれる人では断じてないと心で決定する。
『わかってる。兄弟姉妹を可愛がる人に悪い人なんていないよ。サワルナさんは本当は優しい人なんでしょ』
1つ、害虫の言葉が思い浮かぶ。
「…………」
「どうしたのサワルナちゃん?顔赤いけど?」
「いや、自分みんなから注目されて恥ずかしいっす……。好きな男のタイプまで語ってソワソワしてるっす」
「そっかぁ。可愛いなぁサワルナちゃん」
向かいに座るノアが優しく微笑んでくれる。
相変わらず顔が良いと、ノアの色気にサワルナもくらっときそうになる。
「この感じ、サワルナは狙ってないんじゃない?」
「そこまで言うならそうかも……」
楓の言葉に千夏も頷く。
このメンバーで1番信頼されているのが楓というヒエラルキーが出来上がっているのであった。
「でも恋愛良いなぁ……。私、楓ちゃんが告白しなかったら彼氏さんにアタックしてたかもだし」
「え?嘘!?あいつに!?」
「だってなんか見た目とのギャップが可愛いんだもん!めちゃくちゃ親しみにくい顔してるのに、めっちゃ親しみやすいとかズルいよ!チートだよ、チート!」
「あー、ノアそういうギャップある子好きだもんねー」
ノアが楓の彼氏について語っていると、小鳥からからかわれる。
「えへへ」と彼女は照れたように笑う。
「でも、彼は楓ちゃんを文字通り命を救ったりした子なんだよね!当事者はズルいよ!私が楓ちゃんの立場になりたかった!」
「ノア!?あんまり恥ずかしいこと言わないでよ!?」
ボワッと赤くなる楓は隣のノアを揺らして静止させようとするも、「素敵な出会いで羨ましい!」と彼女は止まらない。
「楓先輩の命救ったとかなんすかその萌えるし燃える吊り橋効果な出会い!きゃー!サワルナもそういう出会いがしたい!彼氏さん、絶対素敵な人じゃないっすか!もういっそサワルナにください!」
「絶対やだ」
サワルナはどんな人なのだろうかと素敵な楓の彼氏エピソードにときめいていた。
「でも、ノアだってモテてるよ!大学でちらほら見てる男多いし!」
「そんなことないよ……」
「私なんてただの陰キャだし……」
「陰キャ彼女欲しい男も多いからね!私が男なら絶対ノアと付き合ってた!」
「やだー、小鳥ちゃんったら!」
ノアと小鳥がほのぼのとした会話に華を咲かせる。
確かに可愛いの境地にノアがいると楓も認めざるを得なかった。
さばさばとした楓には絶対に真似が出来ない天然系なのだ。
「ふっ。それを言うなら隣の千夏だって凄いわよ。運と金以外はなんでも揃った完璧女子だからね。大学でもバイト先でも狙ってる輩が多いのなんの」
「え?バカにしてるサーヤ?」
「純粋な褒め言葉」
「本当だとしたら褒めるセンスないから!なんですか、運と金以外はなんでも揃ったって!?」
「でも、千夏ってそういうとこあるし……」
「マジトーンやめて……」
サーヤは素の態度での言葉である。
「いや、運もあるしお金も将来のために貯めてるし……。家族多いからお金ないだけだし……」と千夏は焦ったようにぶつぶつと呟く。
「そ、それにサーヤは!?サーヤだってモテるでしょ!?」
「妾には何故かオカルト系のヤバいオタク系眼鏡にしかモテないのだが……?あれ、モテるにカウントしないでしょ……」
「お店に出会いとかないの?色んなお客さん来るでしょ?ちょっと良いなーって感じの常連客とかいないの?」
「8割、女性客だから。気になるお客さんなんて……。お客なんて……。…………(ポッ)」
「あ、これいる!サーヤにも気になる常連客いますよ!」
「サーヤ先輩、気になる男の人いるんすか!?」
「あのサーヤが!?」
「ゆり子ちゃんにも春が……」
「う、嘘……」
「いや、妾への反応が酷いな!」
サーヤの気になる発言に4人の注目を一気に集める事態になる。
それくらい彼女が男に興味があるということはあり得ないことと考えられている。