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63、瀬川沢瑠菜の感謝

その日、瀬川家の古い固定電話が朝1番に鳴り響く。

ちょうどその時間、1人起きて朝食のヨーグルトを開封しようとしていた瀬川家の長女は嫌な予感がしてその電話に引き寄せられていく。

ナンバーディスプレイには無機質なドットで『十神病院』と表示されている。


「っ……!?」


いつもはこんな迷惑になりそうな朝早い時間に電話をされることがないだけに、彼女は吐き出しそうになるほどに緊張感が走る。

電話を出るだけなのに、深く深呼吸をする。

脳から既に『電話にサワルナ』という命令が下されているのに、絶対にこれは出なくてはいけない電話だと彼女の本能が告げている。

「……も、もしもし?」と緊張しながらやや裏返った声で尋ねた時だった。

主治医である十文字先生だとすぐに察した。


「…………」


既にこの時点で、瀬川麗奈の死亡の報せだと絶望に支配されそうになった時だ。


「…………え?」


瀬川沢瑠菜はすっとんきょうな声を上げた。

その時、彼女は瀬川麗奈が目を覚ましたお知らせを告げられる。

涙ぐみながら、彼にお礼を言って電話を切る。

すぐに家にいる両親へ妹の起床を告げ、それから自分が尊敬している先輩にラインでメッセージを送っていた。



それからはあっという間に両親と一緒に病院へと向かう。

いつもはそんなに感じないエレベーターの待ち時間も、エレベーターが上に上がる時間もやたら遅く感じる。

家族全員がそわそわしている中、瀬川麗奈の入院している病室が見えると沢瑠菜が一目散に駆け出す。


「麗奈っっ!」

「あ、サワルナ姉ちゃん……。おはよう」


しばらく動いていない身体は衰弱していて、元気という元気が感じられないが確かに生きているという目の光があった。

一昨日に見たセレナのアバターとは別人くらいに思えるほど弱っていた彼女だが、確かに麗奈本人であった。


「麗奈……」

「本当に起きたのか……」

「お母さん……、お父さん……。ずっと寝ていたみたいでごめんね……」

「謝る必要なんてない」


口には出さないまでも、すでに家族が諦めムードになっていて家族の団らんが少なくなっているのを沢瑠菜は知っていた。

だからこそ、またこうして家族全員が揃ったことに嬉しさに込み上げてくる。


「麗奈ちゃんのご両親ですね。この度はなんとか麗奈ちゃんが目を覚ましました」

「いつに起きたんですか?」

「今朝の6時頃でしたかね」


それから質問と感謝ばかりをもらい十文字先生も「いえいえ」と謙遜をしていた。

実際彼は何もしていないので、この感謝を素直には受け取れなかった。


「この感じだとしばらく入院とリハビリは必要ですが、元の生活に戻れることも可能でしょう。来年には学年が2つずれますが高校に通うこともできます。ギフトアカデミーに麗奈ちゃんは通う義務があるでしょう」

「麗奈が何故ギフトアカデミーに……?」

「そういったお話はまた娘さんが元気になったらします。あ、そうなると僕の息子と娘と同い年なのに後輩になりますねぇ」

「あら?先生のお子さんもあの優秀なギフトアカデミーに?」

「娘はともかく息子はただの凡人ですが」


はははと笑いながら、大人たちが5分ほど子供トークに華を咲かせていた。

沢瑠菜は麗奈の様子を伺っていると、彼女の弱々しい口が開かれたのに気付く。


「……サワルナ姉ちゃん、秀頼にお礼を言って」

「え?あの害虫……、明智に?なんで?」

「よくはわからないけど、秀頼とそのお友達のギフトのおかげでワタシ生きてる……。秀頼は恩人なんだよ」

「明智が……?」

「秀頼はとっても素敵な人だよ。サワルナ姉ちゃんが嫌うような人じゃないよ。……だから、優しくしてあげてね」

「は、はぁぁ!?明智が素敵ぃぃ?」

「見た感じサワルナ姉ちゃん、実はそんなに秀頼のこと嫌いじゃないでしょ?」

「…………」


妹からそんなことを言われると、尊敬している先輩が好きな相手で自分の敵なはずなのに、憎しめなくなる。


「サワルナ姉ちゃんは秀頼みたいな人が似合うと思う。ああいう彼氏探しなよ」


とてもとても複雑な心境になる沢瑠菜であった。


(まさか秀頼が美月と付き合ってるなんてね……。もったいない……。サワルナ姉ちゃんも秀頼みたいな彼氏探して欲しい……)


麗奈は自分とは違い、元気な身体を持つサワルナの恋愛を心配していたのである。






─────







「いらっしゃいませ!あ、明智さん!」

「こんにちは」


その日の放課後、俺はスタヴァに遊びに来ていた。

今度の野外観察のことで調べたいことがあり、落ち着いて調べるためにも今回は単独でスタヴァに来ていたのである。

そこに誰よりもまぶしい笑顔を見せてくれるスタヴァの姉ちゃんに惚れそうになる。


「なんか久し振りに会った気がしますね!」

「そうなんだよ!最近さー、愛想の悪い店員さんが相手ばっかりでさ……」

「サワルナがごめんなさい……。めちゃくちゃバイトを入れて稼ぎたいらしく、サワルナからこの時間帯のシフト取られちゃって……。最近この時間にバイト入れることがなかったんですよ」

「そうだったんだ……」


あの人、俺にスタヴァの姉ちゃんを近付かせないためにサワルナがシフト入れて邪魔してるって言ってたんだよな……。

セレナのためにお金がいるのかもしれないが、スタヴァの姉ちゃんと俺を会わせない嫌がらせが8割である。


「今日も本当はこの時間はサワルナがバイトだったんですけど、病気だった妹さんが元気になったと連絡があって急遽代打として私がシフトに入りました」

「へー、病気だった妹さんが……」

「良かったですよね!ずっと病気だったみたいなんですよ」

「ふーん」


ある程度彼女もセレナの事情を知ってるのかな?と勘ぐる。

まぁ、美月と俺のギフトが役立っているみたいで何よりである。


「今日のご注文はどうしますか?」

「あー。じゃあ……」

「千夏先輩!マンゴーのフルーツフラペチーノを2つお願いします!」

「さ、サワルナ?」

「サワルナさん?」


息を切らせたサワルナさんがいつの間にか俺の隣にいて、勝手に注文をしていた。

期間限定で値段も高いやつを俺は注文する気もなく、新しい嫌がらせでもしたのかとぎょっとする。


「ちょっと!?順番守ってくださいよサワルナさん!?俺の注文のターンでしょ!?」

「害虫に奢るから!千夏先輩!お持ち帰りでフラペチーノ2つ!」

「え?は、はぁ……。マンゴーのフラペチーノ2つ入ります」

「え?なんで?」


そう尋ねると、ギッと睨んでくる。

怖い……!

これが街に徘徊する魔王のユカちゃんを追い払った最強の女か……!

それからスタヴァの姉ちゃんから差し出された片方のフラペチーノを受け取ると、サワルナさんから「来なさい」と連れられる。


「さ、サワルナ!?」

「ごめんなさい、千夏先輩!こいつ借ります!」

「え?えぇ!?なんでサワルナが明智さん連れてくの!?」


スタヴァの姉ちゃんも凄く驚いている。

俺も恐怖しかないままスタヴァから連れ出されてしまい、店を後にする。

それから店から離れて2分ほど無言で歩いていると、彼女の動きが止まる。


「ありがとう!それだけ!」

「は、はぁ?」

「麗奈から聞いたから!助けてくれてありがとう!」

「う、うん……」

「あと!別にサワルナは明智のことなんか害虫としてしか見てないから!」

「知ってますが……」

「素直に受け取るなバカ!だからあんたは害虫なの!」

「えぇ……?」


「また今度!」とフラペチーノを持ったまま別れの言葉を告げて走り出してしまった。

よくわからんが、セレナを助けた感謝のお礼だけはしたかったらしい。


「あ、マンゴーも旨いな」


とりあえずはセレナの不幸は回避出来たということで良いのかな?

フラペチーノの味を楽しみながら、スタヴァに戻るわけにもいかず、そのまますごすごと家へと帰るのであった。

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