61、明智秀頼は決める
リアル幽体離脱をされてちょっとだけクスっとしてしまった自分が負けた気分になる。
不謹慎なのに、不謹慎をネタにされるギャグはすこぶる面白いみたいなそんな心境である。
不謹慎と突っ込んだ手前、ゲラゲラと笑うわけにはいかなかった。
美月はこれを見せられてどんな反応なのかと思えばちょっとだけ口元がピクピクしている。
笑いたいのを堪えたいのだなと察して、なおさら俺が笑うわけにはいかなくなった。
「こ、これはなんなのだ……?」
やや我慢しながら美月は、セレナに問う。
お互いに感情がごちゃごちゃした気分にさせられていた。
「まぁ、待てって美月。セレナがタケルに見せたかった大事なものを俺たちに託す前にシリアスな空気を壊したい彼女なりの優しさなんだよ。彼女なりに笑ってお別れしたいんだよ。これは前座だよ前座。な?これからなにか大事なものを俺たちに託すんだよ!な?そうだよなセレナ!?」
「いや、別になにも託すものなんてないけど……」
「なんか託せよ!手紙とか形見とかタケルとかサワルナさんとか両親に渡したいものとかあんだろ!?」
「お金もないし紙もペンも買えないしなー……」
「こんなしょうもないギャグ、タケルパパに見せろや!」
「無理無理!十文字先生はそういう冗談通じないから!叱られるだけだよぉ」
「俺らにもそういう配慮を見せろよ!?」
「落ち着け秀頼……、もうわたくしは大丈夫だ。余韻が無くなった」
「ちょっと面白かったもんな……」
シリアスな前振りからしょうもないギャグを見せられてジェットコースターのように感情が急加速したり、失速したりする。
「ワタシの病室にデートしに来る2人が悪いよ!」
「なに責任転嫁してんだよ」
「タケルから秀頼がモテるとは聞いていたけど、美月と付き合っていたんだね」
「ま、まぁ。わたくしと秀頼は付き合っている。秀頼はわたくしの彼氏だ……」
「ヒューヒュー!リア充爆発しろぉ!爆発して、秀頼たちもこっち側にこぉい!」
「いちいち自分の不謹慎さを披露するなよ……。タケルもこんなん見せられたら困惑するよ」
タケルに幽霊離脱のネタを見られなくて良かったと思う……。
「そうかなぁ?タケルなら大爆笑間違いなしだよ!」
「あいつ、結構塩だぞ」
「秀頼の方がタケルより反応良いぞ。秀頼でこれならタケルはもっと渋い顔してる」
「えぇっ!?嘘だぁ!?ナースコール鳴らしてないのに夜勤してるナースさんが飛んでくるくらい大爆笑が起きるよ!?腹抱えてゲラゲラ笑うって!」
「タケルの反応に夢見すぎでしょ。あいつ、妹と同じでそこそこ真面目キャラだぞ?」
むしろナースさんが飛んでくるくらい大爆笑しているタケルの姿が見てみたい。
ただそのギャグがセレナの幽体離脱かといえば、絶対にそんなことないのがわかる。
「そっかぁ……。じゃあタケルに『セレナは大爆笑ネタを披露してから死んだ』って伝えておいてね……」
「そんな偽造された思い出伝えないよ。伝えたいなら自分の口で伝えろ。……自分でタケルにネタを披露しろよ」
「だからワタシにはもう無理だって……。もう時間ないんだって……」
「無理じゃない。……そのために俺と美月が来たんだ」
「…………え?」
「…………ん?」
「ちょっと?え?なに?」と美月が俺の肩を叩いてくる。
「どうした?」と尋ねると、「なんの話?」と聞き返されてしまう。
「だからえりなさんの車で言ったじゃん。人を助けたいって話」
「まさか、それって……」
「セレナの植物人間状態をなんとかさせる。今回はそれが目的で来たんだよ」
「で、できるのかそんなこと?」
美月が震えながら声を出す。
それを聞いていたセレナも「無理だよ、そんなの……」と弱気になり呟いている。
俺は目を閉じ、一呼吸置いて高揚を抑えて口を開く。
「…………わからない。──から、ここに挑戦しにきた。俺は昨日、自分のやり方でセレナを助ける行動をしたのだが失敗した」
「え?いつの間にそんなことしてたの?」
「さりげなくギフトを使っていたってことさ」
セレナが「えぇっ!?気付かなかった!」と目が><←こんな感じになっていた。
美月は「ほう……」と感心した声を出していた。
「あぁ、秀頼の手品のギフトとかいうやつか!…………そもそも手品のギフトでセレナをどうにかできるのか?美鈴と状況が違うんじゃないのか?」
「だから失敗したって言ってんだろうが!」
「す、すまん……。わたくしのミスだ」
「そんなに反省しなくて良いよ……。そもそも失敗を前提にした挑戦だったし」
セレナに対して衝動的に使ってしまったのもあるが、成功すれば良いかなという軽い気持ちでギフトを発動しただけであった。
「本当は天使……、五月雨もいた方が良かったのかもしれないが……。必須じゃない……」
「そうなのか?」
「必要ないかもしれないのに呼ぶのもちょっと可哀想だろ」
彼女の記憶消去は色々都合悪い真実を隠すことに役立てるが、俺のギフトでも大体やれる。
好感度調整にしても、俺のギフトで代替え出来る辺り幅は広いが器用貧乏なものともいえる。
「とりあえずはじめようか……。セレナ、幽体離脱ということはこの身体に戻ることも出来るということだな?」
「睡眠を取る時にはこの身体に入るよ。本当に無になるから寝る時にしかやりたくはないけど……」
「いつ寝てるの?」
「朝とか。眠たくなったら寝てる」
「あぁ……」
生活ペースが乱れている現代人である……。
これ、起きたら直すのが苦労しそうな気がする。
苦い気持ちになりつつも、「とりあえずじゃあ身体に戻って」と指示するとセレナが自分の身体に駆け寄り胸に手を置く。
そのまま吸い込まれていくようにセレナのアバターは消失していく。
「それからどうするのだ?」
「……美月。今から俺の本当のギフトを見せる」
「……え?」
「俺に対して怖いと思ったら、素直に言って欲しい……。近くにいたくないと思ったら、俺は目の前から消える」
「なにを……?」
「俺のギフトは人の意思やをねじ曲げ、尊厳を踏みにじり、人を転落の人生へと突き落とせるような最低なギフトだ。そんなギフトをお前に見せる」
「…………」
これで美月から気味悪がられても、俺はなんの言い訳もない。
セレナを助けるために、彼女の信頼と信用を失くすかもしれない。
あぁ、人との繋がりがもし消えるとしたら嫌だなぁ……。
でも、俺はそれでも死にかけている人が目の前にいてそれを天秤にかけて命を捨てる人間にはなりたくなかった。
俺みたいに、中途半端なやり残しばかりの人生をセレナには歩んで欲しくはなかった。
(バカだなぁ、お前。ほっとけば良いのによぉ)と、中の人すら自分の人間関係が失くなるかもしれない俺の選択に対して煽りを入れている。
(やりたきゃ勝手にやれ)
でも、制止はしなかった。
これが彼なりの背中の押し方なんだと最近はその扱いにくいながらもわかりやすい反応をするこいつが嫌いではないのであった。