56、瀬川麗奈
全員で暗い顔をしながら、タケルがたい焼きを配り出す。
「とりあえずまだパリパリの内に……」と空元気の彼がそう言って無理に笑う。
なんとか全員が普通に会話が出来る程度には落ち着きは取り戻していた。
「サワルナが知らない内に妹が恋愛してた……」
「サワルナ姉ちゃん、彼氏いるの?」
「彼氏はいないけど狙ってる人はいるよ」
「それって城川先輩だよね!?サワルナ姉ちゃんはワタシが眠っている間何してたの!?」
「別になにも……」
「はぁぁぁぁ」となんか不安げなセレナがため息を吐いている。
神秘的でミステリアスなイメージが強かったセレナが、瀬川麗奈という普通の少女だというネタバラシをされると所帯染みた女の子にしか見えなくなった。
「お父さんとお母さんからは何も言われないの……?」
「別になにも……」
なんか妹に問い詰められている姿が、俺と星子と重なって見えた。
ダメな上と、しっかり者な下という客観的な自分はこんな風に映っているのかと痛感させられる。
「それならさ……、サワルナ姉ちゃんは秀頼とか良いんじゃない?」
「はぁぁぁ!?バッッ!こいつ年下!サワルナは年上!ありえないっしょ!?」
「そうかな?ワタシと秀頼が同い年なんだし2つとか3つとかしか変わらないよね?」
なんか知らない内に俺が槍玉に出されて恥ずかしい……。
サワルナさんにはとてつもなく嫌われているので、あまりそういった話には触れないであげて……。
違う意味でしょぱくなるたい焼きをもくもくと食べていた。
「瀬川さんと付き合うの?」
「まさか」
ないない。
正直、最近は絵美たちの視線が痛すぎて紹介することが怖い。
流石に五月雨で最後だから。
そうそう女の子と付き合うとかないから。
タケルは倫理観を失いつつあるらしい。
「おい!害虫から振るな!サワルナから振るんだから!」
「お互い告白してないですよね!?」
地獄耳なのか、こちらの雑談が彼女たちにも届いていたらしい。
それを見てセレナが「お似合いだと思うけどなー」と他人事のように笑っている。
「ワタシ、自分の義理のお兄さんが秀頼で自分の旦那がタケルとかめっちゃ嬉しいんだけど」
「はぁぁぁ!?なんでサワルナが害虫と結婚すんのよ!?」
「おい、タケル。籍入れるつもりらしいぞ」
「変なこと言うなよ!?気が早すぎるだろ!?」
「あはは……。そんな未来とか夢くらい見させてよね……」
そうやって彼女が落ち込むとサワルナとタケルはやられたみたいに視線が落ちる。
ほとんどセレナとの接点がない俺ですら悲しいのに、タケルとサワルナさんはそれ以上に悲しく苦しいと思うとなんとも言えない気持ちになる。
「麗奈のギフトってどんな能力なの?」
「本当に普通だよ。透明になったり、ワープできたり。最近はタケルが来たってなると気配とか感じるようになってワープ出来る!」
「全然普通じゃないからね、それ?」
「ずっとワープしてこの公園に来てたから幽霊扱いとかされちゃったり……」
「そんな話されたわ」
詠美すら知ってる幽霊話の正体はこいつかい。
幽霊の正体がギフトだったとか、かなり現代味を帯びている。
「でも、それなら1回実家に来れば良いのに!」
「身体より遠く離れること出来ないんだよね……。せいぜい目の前の公園が限界……。それに両親とサワルナ姉ちゃんに会いに行く勇気もなかったし……」
「だからお前はこの公園にしか姿を現せないのか……」
タケルが目の前にそびえ立つ十神病院に目を向ける。
自分の父親が働く病院に、瀬川麗奈が入院しているのだから複雑だろう。
「見舞いでもしていく十文字君?」
「はい、そうですね……」
「俺は?ねぇ俺は?」
「あ、いたんだ明智」
「ずっといたけど!?」
空気扱いされるほどのことなのか!?
そう言うとサワルナさんがすたすたと歩き出す。
それに俺とタケルとセレナが彼女に黙って後ろを付けていく。
サワルナさんは慣れたように病院に入って行き、エレベーターに直接向かう。
緊張感が走り、誰もが口を開けない空気の中エレベーターが上に上がっていく。
チーンと到達した音が鳴り、表示を見ると5階を示していた。
エレベーターから降りるとすぐに『瀬川麗奈』とプレートのある部屋へと連れられた。
ガラガラとドアを開くと、1人の男性の背中が見えた。
その姿にタケルが「あ……!」と漏らす。
「お、親父!?」
「ん?あぁ、タケルか?久し振りだな。1ヶ月ぶりくらいか」
父親に駆け寄って行くタケル。
そんなに父親はタケルの登場に驚いていなかった。
そこにサワルナさんとセレナも一斉に集まりだす。
「こんにちは、十文字先生」
「こんにちは、沢瑠菜ちゃんに麗奈ちゃん」
タケルの面影があるなぁと思わされるタケルパパ。
本当にタケルが40~50歳くらいにした感じの男性である。
「自分で自分の見舞いにきました!」
「いや、なんだその不謹慎ギャグ!?」
「ははは!」
タケルに突っ込まれながら、セレナが笑う。
タケルパパも釣られるように微笑んでいる。
そして、俺は彼の近くにあったベッドに目線を向けると弱った女の子がただ静かに眠っているのが見える。
元気の塊みたいな少女が、そこに寝ているという違和感はとてもミスマッチである。
でも、その眠り続ける彼女からはなんとなく『死』が近付いていることを受け入れなければならないくらい微動だにしていなかった……。