55、セレナの終極
一旦落ち着け。
自分で自分に問いかけて、深呼吸をする。
3秒ほどの冷静を保ちつつ、言いたいことのパズルを組み立てていく。
「話終わるまで全員茶々を入れないで聞いて欲しい」と3人に前置きをして、ポツリポツリと説明をしていく。
長ったらしいここ数日のあれやこれやを語ることにした。
相づちを打ちながら5分ほど喋り通してようやく俺たちがセレナにたどり着いたという今の時系列へと追い付いたのだ。
「私……、写真に写らないなんて特性があったなんて……」
「まぁ、タケルの妹が言い出したことでここまで飛躍したってところだな……」
「本当だ!麗奈がカメラに写らない!?」
サワルナさんが現在進行形でスマホのカメラアプリを起動してセレナを映すも、彼女のいるところだけ透けてしまっていたようだ。
本当は三島や深森姉妹たちもそれに気付いていたが、そういうややこしいことの説明は省くことにした。
「はい、麗奈!ポーズ取って!ダブルピース!」
「ダブルピース!」
「全然いない!」
「元気か」
サワルナさんとセレナがなんか遊びだしていた。
確かにカメラに映らないなんて特性を聞いたらやりたくなる気持ちもわかるけど……。
「じゃあ……、セレナは本当にギフトを使っているのか……?」
「あぁ、これがギフトだったんだ……。凄いね、神様の贈り物が私にも届いていたんだ……」
タケルの震えながらの問いに、セレナが目を細めながら自分の身体を上から下へと視線でなぞっていく。
ギフトと知っている俺ですら、その偽りの肉体は本物にしか見えない。
「麗奈……。気付かないでギフトを使っていたの……?」
「サワルナ姉ちゃんとこうやってお話するのも3年ぶりくらいだね……。そっか……、この世界って夢の世界じゃなかったんだ……」
「夢の世界……?」
「タケルには言ったでしょ?現実なんてワタシにとってゲームみたいなモノだって」
「あ……」
「ここが現実の世界だとしても、ワタシはここでは眠っている存在でしかないの……」
タケルとセレナのアニオリで追加された出会いの言葉か……。
『どうせ現実なんてワタシにとってゲームみたいなモノなんですから……』
公式サイトにも表記されているセレナの代表的なセリフであり、考察でも色々議論されたりと頭に残る言葉である。
「ワタシは瀬川麗奈……。知らない内に現実世界にセレナというアバターで活動していたってことなんだね」
「アバター……」
「本物の麗奈は、……十神病院でずっとずっと眠り続けてる……。ここに麗奈がいるわけない……」
「そっか!そっか……。タケルと同じでワタシもエリートなギフトアカデミーに入学出来たんだね……。同い年だし、タケルと秀頼と同じクラスになれたかもしれないんだ……。もったいないなぁ……」
「あ、俺も仲間に入ってるんだ……」
「え?どうして?」
「嫌われてると思ってたから」
「サワルナは嫌いですけどね!」
あっかんべーとしてくる18歳さん。
その妹のセレナからも、俺は前回避けられて目付きが怖いだの、悪人にしか見えないだの、タケルの友達っぽくないなどあからさまに苦手意識を持たれていたと思っていた。
しかし、セレナは「プッ!」と吹き出し、「なーんだ!そんなことか!」と笑い飛ばした。
「だってさ、タケルがずーっと君のことばっかり楽しそうに語るんだよ?会ってみたくなるのもあるけど、嫉妬するよね」
「嫉妬……?」
「そそ。気になる相手がずーっと秀頼の話ばっかりしてちょっとムカついてたから意地悪してやろってだけ。だから前回はあえて無視してたの!サワルナ姉ちゃんが男と楽しそうにしているの見れて良い人なんだろうなぁって」
「ちょ!?こんな害虫のどこが良い人なの!?作文用紙に書いてサワルナに提出しなさい!?」
「気になる相手だってよ!ふぅー!」
「や、やめろよお前……」
「照れちゃってよー、この野郎!……あと、どんだけ俺の話したんだよ……」
前世のクラスメートで、父親がプロ野球の話ばっかりしてきてプロ野球が嫌いになったという男がいたのを思い出す。
好きなのを伝えるのも大事だが、遠慮をしなければ伝えられた方は嫌な気分になるという典型的なアレだと思うと微笑ましい。
タケルとセレナのカップリングかー!
やっとちゃんとしたタケルの恋愛が見れて、兄ちゃん嬉しい……。
「暖かい目で見てんな!あと、兄目線してるみたいだけど俺はお前より誕生日早いからな!」
「はいはい」
絵美もだが俺から兄扱いされると誕生日を持ち出す傾向にある。
誕生日早い人は、誕生日遅い奴に年上っぽく振る舞われるのが嫌いなようだ。
「そっかギフト製のアバターか……。なら、タケルには触れないんじゃないか?」
「え?」
「こいつから聞いてる。タケルに触ると静電気がするって。……単にタケルに触ろうとすると身体が消えるんだろ?」
「どうして……」
「わかるよ。タケルはギフトを打ち消すギフト。『アンチギフト』の所持者なんだから」
「だ、だから!?」とタケルは息を飲む。
単純な話である。
セレナが触ろうと肌に触れた瞬間から、ギフトの力は分散され消えていく。
ヨルに触ろうとしても同じ結果になる。
「そっか……。タケルもギフトアカデミーの生徒で。ギフト所持者なんだ……」
セレナとタケルは納得した顔をする。
彼は完全に忘れていたという顔をして、自分の手を見つめている。
「サワルナ姉ちゃん……。ワタシ、好きな人にすら触れないんだね……」
「麗奈……」
「ワタシ、後どれぐらい生きられる……?」
「…………もう長くは……」
セレナは姉に縋るようにして泣き出す。
サワルナさんもそれ以上口に出せないで、噛み締める。
「待ってください瀬川さん……?長くはってなんですか……?」
「麗奈は……。原因不明の植物人間になってる……。でも、もう心音も弱りきって……。長くは……ない……」
「そうなんだ……。やっぱり長くないんだね……。こうしてサワルナ姉ちゃんに会えて良かった……。秀頼が呼んでくれたんだよね、ありがとう……」
「あ……」
「タケルの言ってた通り、見た目によらずに優しい人なんだね……」
原因不明の植物人間……?
もうすぐ死ぬ……。
つまり、アニメでのセレナは……。
急にタケルに別れを告げて、亡くなったということだったのか……。
視聴者にはなにも明かさないまま、こんなクソみたいなバッドエンドが繰り広げられていたということか。
悪意の塊のようなものが込み上げてきて、気分が悪くなる。
「……めを……【目を覚ませ!セレナ!今すぐに!その眠り続けた夢を覚まさせっ!】」
「無理だよ……。出来るならとっくにやってるよ……」
「っ……」
『命令支配』のギフトを仕掛けるものの、なにも変化が起きない。
彼女が『アンチギフト』の所持者なわけがない。
彼女が俺の言葉を自分の耳で聞いて、脳で理解しなくてはならない。
アバターが聞いたところで、それは自分の身体ではない。
彼女の本当の身体に対してギフトを仕掛けたところで植物人間だから俺の言葉は脳にまでたどり着けない……。
彼女はどうすれば救える……?
救うことは不可能なのか……?
この世界でも、セレナの死は確定された結末なのか……?
「俺はセレナに触ることすら許されないのか……?」
「ははは……。酷い結末だね……。そっか、そっかぁ……」
タケルは呆然としながら立ち尽くす。
アバターに触るだけなら俺もサワルナさんも誰にでも出来る。
でも、タケルだけはそんな当たり前すら不可能なことなのだ。
「タケルのお父さん……。十文字先生は凄く優秀なお医者様だよ。でも、十文字先生でワタシを起こすのが無理なら誰でも無理かなぁ……」
「そっか……。親父の患者さんだったのか……」
「毎日アバター姿で会ってるけど、本当に素敵な人でタケルに似ている人なんだ……」
「確かに……、俺と似てるかもな……。そんな接点があったんだな……」
触れないながらも、近くに寄りながらタケルとセレナは語り合う。
いつ来るかわからない死を目前に、なにかを残そうと彼女はアバター姿になりながらも動く。
そんな痛々しい妹の姿にサワルナさんも歯を食い縛ることしか出来ない。
誰もがみんな、無力でしかなかった……。