49、ヨル・ヒルの接客
天使ちゃんの可愛さ爆発の前に、脳内気分が盛り上がっていた。
付き合い始めたばかりなのに、タケルやセレナに関わってばかりで天使ちゃんのことから離れていたような気さえしてくる。
ついさっきまでサワルナさんやえりなさんという年上の女性とつるんでいて彼女を放置していたし、もっと恋人との時間を増やさなくてはいけないと初歩的なことを思い出す。
もっと俺は平穏な日常に落ち着きたい。
そんな覚悟を決めていると、「お客様ぁ?」と上擦ったような煽るような声がして視線を持っていかれる。
ウェイトレス姿に身を包んだ赤茶髪の少女であったが、見覚えはない。
既に200回以上はゆうに超える数は通っていたはずだが、はじめて見た店員さんだった。
店員面をしていて、マスターが咎めない辺り本当にこの喫茶店のアルバイトか社員らしかった。
「おぉ、すげぇ。サンクチュアリの姉ちゃんだ」
この女性店員に対して、先ほどの煽るような口調をされたことにより嫌悪感はあったが、それ以上にこの店に人を雇う余裕があることに驚いている。
「どんなアダナだ!?そんな没個性的な呼び方してんじゃねぇぞ!?」
「こ、こわぁ……。なんですかこの人!?マスター、新しいバイトの子ですかぁ!?」
「1年くらい雇っているよ」
「知らなかった……。1年通っていて今日はじめて会うとか逆にすげぇな」
「お前がいる時間、あたし店内に8割いたよ」
サワルナさんみたいに遠慮がないのか、敬語のない店員である。
あんまりそういう人、好きじゃないんだよね……。
美容院で馴れ馴れしくタメ口で話しかけるスタイリストとかかなり苦手……。
彼女がその場にいるだけでなんかモヤモヤとしたフラストレーションが溜まっていく。
「ふーん。そう……」
「凄いこと教えてやろうか?」
「凄いこと?」
「明智とあたし、同じクラスなんだぜ!」
「へぇ……」
こんな偉そうな子が同じクラスにいたんだっけか……。
記憶に一切引っ掛からない辺り、今がほぼファーストコンタクトなのかもしれない。
「…………」
「…………」
「凄く気まずいんですけど!チェンジで!」
天使ちゃんの慌てるような声を上げると、サンクチュアリの店員さんが落ち込みながらとぼとぼと消えていく。
チェンジってそんなデリなんちゃらのようなシステムがあるのか……?
ポカーンとしていると、無言で俺の隣に誰か座ってくる気配があった。
「あら?明智君、こんにちは」
「こ、こんにちは……?」
知らないお姉さんが隣のカウンターへ腰かけた。
唯一のブレザーを着込んでいない、私服のショートカットの髪型の大人っぽい女性であった。
「久し振りね、元気?」
「お、お久し振りです?」
久し振りと言われるが、一切記憶に引っ掛からない。
困った……、知り合いだとしたらめっちゃ失礼だ……。
「明智君」
「はい?」
「罵って!」
「は?え?」
「私、初対面の時めっちゃきつかったでしょ!?あんな風に!」
「覚えてないのですが……?いつですか?」
「ノアと小鳥と一緒にバトルホテルで会った時!」
「お姉さんとは会ってないですよ」
バトルホテルと言われて思い出すのは、悠久先生と2人で肝だめしをした時にノアさんと小鳥さんに会ったけど、この人は一切記憶にない。
この人、しれっとした嘘なのに俺の行動を当て過ぎて怖いんだけど……。
そもそもノアさんと小鳥さんの知り合いなの?
最近あの2人と会うこともないので、『この人知ってる?』と連絡するのもなんか気まずい。
「とりあえず罵って!」
「え?えっと……、なんでそんなに美人なんですか!あと声がクール過ぎます!いきなり隣に座られてドキッとしたのでやめてください!恋人が隣にいるんですから!」
「なにその良い子ちゃんの罵り?」
「う……。難しいですよ……」
中の人がえりなさんを脅したみたいな単語が正解なのかな?
でもあいつ、雌豚とか到底人に聞かせられるのも恥ずかしいガチ罵りしてたしな……。
「でも、こんなに嬉しい罵りはじめてかも……。なんか、胸が熱くなるね」
「そ、そうなんですか……」
知り合いと偽り、いきなり罵りを要求する顔が良い変人であった。
反応に困る。
「とりあえずチェンジで」
「うん。チェンジする……」
「だからチェンジってなんなの天使ちゃん!?」
俺の知り合いではなくても天使ちゃんの知り合いなのかもしれない。
この次々と女性に絡まれる経験なんか始めてなのでドキドキしてしまう。
彼女である天使ちゃんを前にして申し訳ない……。
しかし、救いなのはそんな俺の心境が知らないのかニコニコと笑って俺と手を繋いでくれていることだ。
五月雨茜がマジもんの天使過ぎて、尊い……。
─────
ウェイトレス姿から着替え終わり、ブレザーになったヨルと楓が戻ってきたのは同時であった。
他の者は終始、秀頼が五月雨茜を守っていることに気が向いてしまいメンタルに変調をきたしつつあった。
「よよよ、良かったじゃない!念願の明智君に罵られて」
「罵られるってこういうんじゃないと思う……」
「明智君は根が真面目だから嫌いな人相手にも無理に無茶振りに答えちゃう人なの」
円が秀頼について語ると、楓が「そうだね……」と呟く。
「でも、あんなにニヤニヤする罵倒も無さそうで良い……」と絵美も自分が秀頼に可愛いや素敵みたいにストレートに褒められている妄想をして嬉しさに涙を流しそうになっていた。
しかし、これ以上自我が保てなくなった永遠が「もう終わりにしましょう」と提案するが、楓が「待って」と制止する。
「どうかしましたか?」
「私のことを思い出さないことにだんだん腹立ってきた!」
「好感度調整した挙げ句記憶消させるように言ったのカエデさんのせいじゃん!」
「それはわかってる!けど、西軍全員の力を合わせてあの明智君の記憶を蘇らせたい!なんかこのままじゃ、私たち負け犬じゃん!」
「負け犬じゃん!というか、もう負け犬ですよ!」
誰かが呟いたセリフにずーんと重くなる。
結局、前の記憶喪失も茜が直したこともあり秀頼の彼女たちである西軍は手も足も出なかった。
「なるほどな。師匠に記憶を思い出させるゲームに変更というわけか」
「お兄ちゃんに私たちの絆を見せ付けてギフトを打ち破らせる。少年マンガみたいで熱い展開じゃないですか!」
「おもしれぇ!そういうことならあたしが行くぜ!」
「ちょっと!?ヨルばっかり2度目はズルですよ!?順番ですよ!?」
「んだよそれぇ!あたし完全になんの収穫もなかったのに!」
絵美により切り込み隊長のヨルが引き留められる。
「確かにずるい」とゆりかから物理的に抑えられた。
「よし、誰から行く?どんどん立候補して!」
「そもそも私にそんな荷が重い役割は無理ですぅ……」
「私や碧ちゃんは明智君との付き合いが短いしねぇ……。まぁ、私らじゃ無理かー」
碧と楓は自分たちにこの役割は無理だなと悟る。
なんやかんや付き合いの長い人の方がこういうの向けだと察しているからである。
「よし、ならウチが行く。秀頼の記憶を取り戻す!」
誰も積極さを見せない中、咲夜が自信満々に挙手をする。
勝算があるのかはわからないが彼女が1人「ウチがやる」とやる気に満ちた声を上げたのである。
もはや悠久と2人っきりで遠出をして肝だめしをしたという記憶が残ってあってもなんの違和感もない秀頼である。
他の彼女たちはわりとしっかりしているところがあるが、五月雨茜に関しては秀頼がいないとてんでダメというポンコツ感があります。
ゲームの五月雨茜ルートのタケルも苦労している気がする。