48、明智秀頼の愛しかた
俺がサンクチュアリに踏み入れると、「いらっしゃい」と聞き慣れたマスターの挨拶が聞こえてくる。
ここに足を踏み入れた途端、やたら人で溢れかえっていていつもは広く感じてしまう店内が狭苦しい。
にしても、一気に視線が集まるのが不愉快な気分にさせてモヤモヤする。
俺は別に見せ物じゃねぇっての……。
天使ちゃんをお客さんからの視線から守るように背中に手をまわして、カウンターの椅子に座らせる。
「今日はやたら繁盛してんじゃん。こんなに女性人気のコンセプトに鞍替えしたなんて知らなかったよ」
「繁盛って……。皮肉かよ」
「あ?」
「マスターさん……。今の明智先輩は……」
「はぇー、すっごい」
マスターが目を丸くさせる。
なにが凄いのか理解出来ないが、彼の働きぶりはいつも通りである。
それにしても、お客さんほとんどが女子高生なのかギフトアカデミーのブレザーの生徒で溢れかえっている。
ちらっと見たところ、1人だけ私服の女性がいる程度だ。
彼女たち、全員顔は良いのにどこか不愉快にさせるのはなんなのだろうか?
胸の中に汚水でも垂らされたようなそんな地味な怒りが沸いてくる。
俺はそれを誤魔化すように小さい声で天使ちゃんに声をかける。
「天使ちゃん、大丈夫?」
「え?はい?」
「お客さんたちに見られているからさ。なにかされたら俺に言ってね」
「は、はい……」
「やっぱり俺の彼女が1番可愛いな!」
「い、1番ですか!?自分がっ!?」
「そうだよ。俺、天使ちゃんに対して嫌なところないくらい好きだから」
美しい雪のような白髪。
アクアマリンのような水色の瞳と、ルビーのような紅い瞳。
小動物のように低い身長。
やや中性的だけど、女性だとわかる低い声。
儚いような白い肌。
甘くてお日様のように優しい匂い。
全部が愛おしい。
不愉快に溢れた空間の中で、五月雨茜だけが輝いている。
「逆に天使ちゃんは俺に対して嫌なところはある?」
「えー?そうですね……。モテモテなところですかね?」
「モテモテってなんだよそれ?天使ちゃん以外にモテたいとか思ったことないよ」
「っっっ!?あの、そんな!自分なんか!」
「卑下しないの。俺の彼女だって堂々として」
「は、はい……!(な、なんで?自分に対する好感度いじってないのに……。もしかして、恋愛対象が一極化するとこんなに明智先輩って自分に対して恋愛感情高いんですか!?普段が複数人の彼女に囲まれているから表面化しないだけでこんなに大事にされるなんて……!五月雨茜、15年生きてきて1番楽しいです!)」
今日はやたら天使ちゃんを意識する。
いつも可愛いのに、今日は普段の17倍ほど愛おしく感じてしまう。
今日このまま部屋に連れ込んでキスまでしたい!
無表情を保ちつつ、彼女にこのどす黒くも純粋な気持ちをぶつけたい気分である。
(おいおい、良いのかそんなんで?)と中の人から口出しされる。
(やるなら夜を越せ!ヤるんだよ、今夜!)
お、おまっ……!
それはまだ早いって……!
まだ付き合って1ヶ月未満でジェットコースター恋愛するのは勇気が……!
でも、中の人に唆されてちょっとそういった欲が出ないわけじゃない。
そっと誰からも見えないようにカウンターのテーブルの下で手を繋ぎながら小さい声で囁く。
「ねぇ、天使ちゃん……」
「はい?」
「今日、家来ない?」
「え?…………ふぇぇっ!?そ、それって!?」
「家族はいるけど……。部屋は2人だからさ……。ど、どういう意味に捉えても良いよ」
「せ、先輩……」
そのやり取りを見ているマスターがあらあらと茶々を入れている。
なんかこんな風に恋人とゆったりした時間を過ごすのも凄く久し振りだ。
そんな幸福に満ちていた。
─────
「な、なんですかこれ……?もはや秀頼君、こっちに見向きすらしないじゃないですか……」
絵美の脳が破壊されて、茜を羨ましそうにしていた。
というかすでにこの場の15人の女全員脳が破壊されていた。
「妹も悲しいみたいです……」と、碧の中のミドリも嘆いているようで脳が破壊された女が16人に増えた。
「なるほど……。秀頼さんはそういうタイプなんですね……」
永遠が心で涙を流しながら、冷静に分析していた。
「そういうタイプ?」
「好きの反対は無関心と言うじゃないですか。秀頼さんは嫌いな人には怒鳴るタイプじゃなくて視界に入れないという対策をするということですよ」
「それ!美鈴たち、まったく嫌われた意味ないですよね!?」
「ただただイチャイチャしている2人を見せ付けられているだけじゃないか!」
「こ、こんなはずじゃ……!私が明智君嫌いだった時みたいに突っかかれば良いのに!」
負け犬の西軍が想定外の声を上げる。
すでに茜に対して撤退命令を出したいところだが、秀頼がベタベタしていて逃がすことも出来ない。
隠すように繋がれた手を羨ましそうにただ眺めるだけの30の眼がただただ無力である。
「よし、なら西軍の切り込み隊長のあたしが店員として行く!」
「今のお前、ブレザーだから店員として見られないんじゃないか?」
「よく言ったゆりか!よし、着替えてくる」
自称・切り込み隊長のヨルは意気揚々と店内の奥へと入っていく。
ちなみにヨルも例外なく嫌いに割り振られているので、秀頼はそんな彼女のことなど視界にすら入っていない。
「今日はずっと天使ちゃんを視界に入れていたい」
「も、もう!やめてくださいよ明智先輩……!恥ずかしいです…」
「良いじゃん、良いじゃん。どんな姿の天使ちゃんも可愛いんだしさ!恥ずかしい顔も好き」
複数の彼女がいるというストッパーの外れた秀頼はただただ五月雨茜にデレデレであった。