47、五月雨茜は案内する
えりなさんとサワルナさんが叱られているところを眺めながらの優雅な観察が終わり、ぼちぼち家に帰って積んでいたギャルゲーの消費でもしようかと考えていたところに付き合いの長い理沙からの連絡でサンクチュアリへと向かっていた。
正直、コーヒー飲んだその足でまたコーヒーを飲みたい気分にはならないので、スタヴァからサンクチュアリなんて選択肢は普段ならあり得ない。
帰り道の方向は同じだし、苦はなかったが自宅からやや遠回りの道を辿っていくと、サンクチュアリの入口前に見覚えのある身長が低い白髪の女の子が視界に見える。
「あれ?天使ちゃん!どうしたの?」
「ここで明智先輩を出迎える役になっています」
「そう……。理沙から連絡もらったんだけど、他は誰が店に来てるの?」
「明智先輩と付き合っている人、全員揃ってますよ」
「…………え?」
サンクチュアリに全員……?
しかも、彼女たちに紹介をしていない五月雨にまで……?
「ついでに、こないだ自分とお店で勉強しているのを永遠先輩たちに見られたこともあり明智先輩と付き合っているのバレてましたよ」
「う……。ご、ごめん……」
察したのか、彼女たちから俺が紹介するまでもなく五月雨とも付き合ったことが認知されたらしい。
それで理沙に呼ばれたことかを尋ねると「まったく関係ありません」と言い切られてしまう。
「実は自分のギフトでやりたいことがあるらしく、それで明智先輩が駆り出されたというわけです」
「天使ちゃんのギフトで……?」
そもそも俺の彼女たちが俺抜きで集まっている事実に驚いている。
てっきり絵美や円などの付き合いが長い組が繋がりがあるのは知っているが、全員がガッツリ繋がっているというイメージがなくて困惑している。
ゆりかと島咲さんとか、咲夜と楓さん、星子と美月など会話している図が想像出来ない組み合わせとかが何種類もあるので意外過ぎて驚いている。
「それで、なにをしたいの?」
「実は彼女さんたち、全員明智先輩からギフトで擬似的に嫌われてみたいらしいです」
「なんで……?」
俺から嫌われたい……?
それはどういうアレなのか……?
3回ほど、頭で復唱しても全然ピンとこない。
「アレじゃないですか?好きな人から嫌われた時の反応が見たい的な?」
「あー。好きな人に嫌悪感丸出しで睨み付けられて罵られながら唾吐かれて、大事なところを蹴られて馬鹿にされたいみたいみたいなやつか!わかるわかる」
「…………え?明智先輩、そんな欲あるんですか?」
「一般論だよ、一般論。男としてそういう望みをしている人が多いみたいだねって話。俺は別にそういうんじゃないからね!俺は普通よ?」
「そうですか!とんだマゾ豚変態野郎が世の中の一般論なんですね!一般男性に幻滅します!」
「げ、幻滅だよねー……!」
マゾ豚変態野郎……。
ゴミクズ先輩が生ぬるく感じて、なんか負けた気分になるのは気のせいだと信じたい……。
「嫌われたいってさ……。でも天使ちゃんがギフト使ったって俺に記憶残るなら意味ないんじゃない?」
「大丈夫です!最近ギフトが進化したんですよ!自分がギフトを使った程度のちょっぴりな間の記憶を消すくらいわけないですよ!」
「そんな記憶をちょっぴりだけ消す調整とかできるの!?」
「明智先輩の16年ぶんの記憶をほとんど消すことが出来たんですよ?可能に決まってるじゃないですか」
説得力が凄い。
そりゃあ出来るよ……。
「あと、好感度を調整する人物に対する記憶も消せます。例えば明智先輩に自分が好感度を0まで下げて思い出も消して本当に出会う前の真っ白な状態にも出来ますし、好感度マックスにした状態で記憶を消して自分に一目惚れさせるとか色々出来るようになりました」
「今、やべぇこと言ってるけど……」
「だから絵美先輩や理沙先輩たちの好感度を嫌いまで下げて、全員と関わった記憶を消させてもらっての明智先輩の反応が見たいらしいです」
「嫌だなぁそれ!俺の性格の悪さが露呈するだけじゃん!」
「みんなそれを望んでいます。罵ってあげてください」
「罵るかなぁ俺……?」
30年生きていて、嫌いな人相手に罵ったこととか全然ないんだけど……。
いわゆる草食系男子である。
「この会話の記憶も消させてもらいますよ。絶対記憶戻しますから。なんなら明智先輩が酷く傷つけさせた場合の彼女たちの記憶も消しますから。あと、自分と付き合っているという記憶だけは残しますよ」
「なんでも良いよ……。好きにしてくれ……」
「許可がおりましたのでギフトを使います」と言って俺の手を優しく触ってくる。
ひんやりとした体温にドキッとしつつ、俺の大切な思い出がなんとなく消えていく感覚が襲う。
「…………あれ?明智先輩、やっぱり……。ちょっとこっちのよくわからない記憶にも干渉しておこ」
─────
「あ、終わりましたよ明智先輩!」
「え?なにが?」
「大丈夫です。終わったということだけ覚えておいてください」
「?」
急に五月雨から握られた手を離される。
恋人なんだから別に繋ぎっぱなしでも良いのにと思わなくもないモヤモヤが残る。
「軽く質問しますよ」
「え?なに急に?」
「明智先輩が男子で1番話す友人は誰ですか?」
「タケル……なのかな?」
「付き合っている人全員の名前を挙げてください」
「天使ちゃん。五月雨茜の方が良い?そもそも全員とか言われるほど付き合っている人いないからね!?」
なんだ?
五月雨から浮気でも問い詰められてる?
タケルを俺の恋人と勘違いしているのか?
「そうですか。タケル先輩の妹さん知ってます?」
「あー、いるらしいね。顔見たことないけど」
「よし、完璧です」
「なにが?」
なんで急に会ったこともないタケルの妹の話題が出たのか?
そういえばタケルってこの世界の主人公だったな。
気付けばギャルゲー世界の生活に慣れてしまったが、もはやあのゲームのヒロインについてほとんど忘れてしまった。
確か俺の彼女である五月雨茜が攻略ヒロインだったのは覚えている。
他には乙葉とかアリアとか千秋とか歩夢とかいたはずだ。
……そのはずなのだが、何故か1番やり込んだはずのファーストシーズンの攻略キャラクターは誰1人覚えていない。
推しすらいないギャルゲーをよく3シリーズ通してやったと自分を褒めたいくらいである。
アリアと同じくらい大きく扱われていたメインヒロインもいたはずなのだが、さっぱり思い出せない。
まぁ、体感で15年も前にやったギャルゲーのヒロインなんてそりゃあ忘れてるか。
最近じゃ、先月クリアしたギャルゲーのヒロインすら忘れている始末である。
「では、目の前の喫茶店に入りましょうか!」
「あー、サンクチュアリね。別にマスターに用事もないんだけど……」
「そういえばマスターさんの娘のことは知ってますか?」
「知らね……。ていうか娘とかいたんだなあの男……」
いつも暇そうに1人で店番しているイメージしかない親父である。
そのまま天使ちゃんに導かれるようにドアを開けると来客を告げる聞き慣れたベルの音が耳に響いた。