42、サワルナは敵視する
えりなさんと待ち合わせをしたその日、何故かタケルに尾行的なものをされるもゆりかよりも気配を消すのに慣れていないのを感じ取る。
達裄さんから授かった『尾行をされたら気配を消すと尾行を撒ける』というアドバイスを実践しながらタケルの尾行を突き放す。
「セレナ関連とはいえ、えりなさんと会ってるのを知り合いに見られるのはちょっと……」
そんなわけで、タケルの目を撹乱させて待ち合わせ場所であるよく行くスタヴァに向かう。
いつものシフト通りならば、スタヴァの姉ちゃんである千夏さんが働いている。
なんか後ろめたい気持ちがありつつも、えりなさんの指名だしそのスタヴァへと足を動かす。
待ち合わせ5分前には付きそうになるところで、彼女からの連絡を受信して『10分ほど遅れそうなので、先に入店してて欲しい』とのメッセージを受け取る。
仕方ないので1人で入店しながら、慣れた様にレジへ駆け寄ると「いらっしゃ……」と店員さんが声を掛けてきた。
「サワルナ!」
「俺の顔を視界に入れた瞬間に露骨に態度を変えないでくださいよ!?なにも触ってないし!」
「あんたの視線がサワルナを触ってる!──触ってる!」
「溜めてまで言うことですか!?」
ビシッ!ビシッ!と、指をさしてくるサワルナさん。
相変わらず客への態度がおかしい人である。
サーヤといい、俺に対する態度がおかしい店員さんが街中に溢れている気がする。
「今日はスタヴァの姉ちゃん……、千夏さんのシフトでは?」
「千夏先輩のストーカーが来るであろう時間帯を千夏先輩から譲り受け、サワルナが対処する。サワルナの作戦勝ちってわけ」
「ぐぐぐ……!」
「それにサワルナはいっぱいお金稼がないといけないわけだしぃー。ストーカー対策も出来て一石二鳥!」
「そうですか……」
「千夏先輩のブロッカーであるこのサワルナを舐めんな!このまま千夏先輩が大学卒業までストーカーには近付かせない作戦を実行中よ!」
「サワルナさんがブロッカーなら、俺はいつかクリティカル・ブレードをあなたにぶつけるだけですよ」
スタヴァの姉ちゃんの親衛隊ガチ勢であるサワルナさんは「ぐふふふふ」とカバディをする姿勢になりながら怪しい笑みを浮かべている。
「とりあえずアイスコーヒー1つ」
「飲み物で1番安いやつ入ります!サイズは当然1番小さいやつでしょ?」
「言い方!それで良いよ……」
「甲斐性ない年下男ってやーねー!どうせケーキとか頼んでくれないんでしょ?でしょ?でしょ?」
「スタヴァの店員さんが俺にだけウザくて煽ってくる……」
「気持ち悪いラノベタイトルみたいなこと言うな!」
「全2巻ってところですかねー」
「おい!短編しか続かないってか!おい!」
サワルナさんに煽られ、煽られ返す。
まったく、とんでもないモンスターがバイトで働きはじめてしまった……。
「サワルナさんって千夏さん好きなんですか?」
「お姉様って呼びたいくらい慕っていて、大好きです」
「百合とかレズとかそういう人?」
「バイ」
「そっか……。因みに千夏さんへの気持ちはライク?」
「ラブ」
「そっか……」
「温かい目で温かい声を出さないで!年下から微笑ましくされるのがすごく不快」
嫌々ながらもアイスコーヒーを乗せたお盆を差し出され受け取る。
その瞬間、すかさず「サワルナ!」と声を掛けられたが無視してテーブル席の確保に移る。
コーヒーを作っていたスタヴァの姉ちゃんじゃない姉ちゃんも苦笑いをしていた。
曰く、注意しても俺にだけ口調は直してくれないらしい。
結果はなかったが、サワルナさんに注意してくれたスタヴァの姉ちゃんとスタヴァの姉ちゃんじゃない姉ちゃんには感謝しかない。
「さてさて、えりなさんの報告で鬼が出るか蛇が出るか……」
テーブルに頬杖を付きながら、ストローでコーヒーをすする。
色々な意味で、そろそろセカンドシーズンの佳境の時期に入る。
ギフト狩りの件もどうにかしなくてはならないもんだが、どうする案もなく停滞状態だ。
「…………」
赤坂乙葉の死亡。
こちらがトリガーになり、ギフト狩りの活動はより過激化していく。
それから始まる、ギフト狩りによるギフト所持者へ行われる粛清。
こちらの粛清で、ギフトアカデミーに通うギフト所持者の3割は血に染まることになる。
しかもこのルートは、ファイナルシーズンに繋がる正ルートなのだから救いがない。
選択肢を間違えるバッドエンドでは、主人公であるタケルもメインヒロインであるヨルも死亡する中々酷な展開が待っていることになる(バッドエンドの秀頼の動向は知らん)。
「もう詰んでるでしょ、これ……」
元々この世界は狂っている。
その狂った世界観の背景をタケルを主人公にして、明るい作風で繰り広げるラブコメのギャルゲーというコンセプトから終わっているのだ。
「どうすっかなぁ……」
ギフト所持者の粛清。
そのはじまりは、近城悠久が凶弾に倒れることでギフト狩りが一揆を始める。
ヨルが生まれた未来の世界以上に、より酷い惨劇の鐘が鳴る。
本当に救いがない。
狂った未来から逃げ込んだヨルに待っていたのも、──結局狂った過去でしたというそんなオチなのである。
メインの正規ルートでは三島遥香のギフトが暴走して人知れず彼女が牢屋に入ることになることも実は『秀頼なりの慈悲だったのでは?』とかファンで語られる始末である。
逮捕されて死亡フラグ満載のギフトアカデミーから逃げ切る三島遥香が何故かゲームファンから勝ち逃げ扱いされる謎の世界である。
「本当にすべてを投げ出して旅に出たくなってくるな……」
どっかの山奥をバイクで全速力で走り抜けたい……。
そんな青春も良いなぁ……。
いっそ、地図にも乗ってない無人島でも見付け出してのび太みたいに隠居でもして過ごそうか……。
ギフトとかギフト狩りとかエニアとか家族とかそういうの一切関係ない自然の中に逃避して……。
(相変わらずネガティブ野郎だなぁ!なんの為にギフトがあるんだっての!ギフト狩りで厄介な奴、全員傀儡にしてやれば良い)
役に立たないギフト頼りの案が中の人から提案される。
最終手段として頭に入れておこう。
「っぅ…………」
目の奥がズキズキ痛くなり、目を細めているとラインのメッセージを受信する。
えりなさんから『着いた』という必要事項だけを詰め込んだ文章であった。