39、仮面の暗躍
「な、なに?なんなの?あんた、仮面の騎士とか名乗ってる先輩でしょ?アタシになんの用よ!?」
「いや、なに。ちょっと火遊びが好きな自称ヒロインとやらにお灸を据えに来ただけだ」
「はぁ?意味わかんない!仮面被ってるキモイ奴は言うこともキモイわね!」
明日香は素の女王様体質な発言を繰り返す。
異質な仮面と力強さにびびったが、自由に身体が動かせる今は自信を取り戻していた。
相手は先輩であるが、敬うような素振りもなく、タメ口で仮面の騎士にもの申していた。
「まったく……。明智秀頼に手を出そうとした挙げ句、振られて逆恨みなど……。はぁ……」
「なーに、ごちゃごちゃ言ってんすか、仮面のセンパイ?声ちっちゃいし、仮面越しで何言ってんのかわかんねーよ」
「害虫駆除に直接出向くことになった愚痴くらい吐かせても良いじゃないか」
「はぁぁ?先輩だからってチョーシ乗りすぎじゃない?なんなん?1つか2つ年上だからって偉いとか勘違いしてる系ですかぁ?ファントムの仮面で顔隠してる変人さんは言うこと違うっすねぇー」
「あぁ、そうか。私と1つか2つしか変わらないと思っていたのか。すまんな、こう見えて私は学園長の2つ下の後輩だからお前よりは圧倒的に先輩なんだ」
仮面の騎士は自分の事情を語りながら、仮面を剥いでいく。
そこにはキリッとした眉を上げ、明日香を軽蔑な目を向けるアイリーンが姿を表す。
「なっ……」
「目上の人には相応の対応するのが大人だ。ヒロインであろうが、モブだろうが変わらないだろ?」
「な、なんだ!あんた、おばさんだったんだ!おばさん、高校生の振りしてるのを隠すから仮面なんか被ってたんだ!」
けらけらと明日香は嘲笑うも、アイリーンは目を閉じ涼しい顔で流す。
面倒で早くこの空き教室から去りたいとタメ息を吐く。
学校はストレスが溜まると、お肌の化粧のノリを心配するアイリーンであった。
「私のことは何を言っても構わない。が、火遊びするのをやめた方が良いと忠告しに来た」
「はぁ?なんのこと?」
「…………」
アイリーンは制服のポケットからボイスレコーダーを取り出す。
明日香が「なにそれ?」と呟くと、無言で再生ボタンを押す。
『男ってのはー、身体との関係ちらつかせるとなんでも動いてくれるんだよねーっ。それでいて、アタシを姫様のように扱ってくれるのー。チョロ過ぎだよねー』
「は?」と明日香は怒り混じりのドスの効いた声を上げる。
しかし彼女は常に晒されている殺意のようなものに比べたら、彼女の怒りなど威嚇にすらならない。
「肉体関係を迫りつつ、男を奴隷のように扱っている。しかも自分は清潔でいようなど調子が良い生き方じゃないか」
「だ、だから何……?おばさんに関係なくない?」
「関係ないが、お前がムカつくからこういうことをしているだけだ。あとお前、クラスの女子にも迷惑をかけてるらしいじゃないか?とんだ勘違いお姫様じゃないか」
「こ、この……」
本物の姫様に仕えているからこそ、江波明日香のことを軽蔑するアイリーン。
「ちょうど最新の今朝のデータもあるんだ」と言いながらピッ、とボタンを押すと違う声がする。
『きゃはー。あんたの付き合ってる彼氏ぃー、ちょっと誘惑したら連絡先交換してくれたんだー』
『彼氏寝取られたくないならさぁ、それ相応のたいおー、欲しいなぁ』
アイリーンの学校中の黒い噂のある生徒の弱みを存分に発揮していた。
アリアから危険を遠ざけるために、彼女はたくさんの保険をかけて、情報を集めるのだ。
「入学して数ヶ月経ち、ようやく本性を現したようだな……。救いようのないクズがいると切り捨てたくなる」
「え?」
アイリーンの手に握られていた仮面が徐々に姿が変わっていき、いつの間にか日本刀の形に変化させていた。
「な、なにそれ?なんで仮面が刀に……?あんたのギフト?」
「私はギフトなんか使えない役立たずさ。……が、私はもっぱら暴力担当でね……」
「シッ──」と言いながら、刃を明日香の胸スレスレで寸止めする。
「ひっ!?」と涙目になり、口をパクパクとさせた。
「た、ただのレプリカでしょ?か、刀なんか持って脅してバカじゃない──!」
ピッ、と明日香の左頬の皮が切れた。
漢数字の一の字が頬に刻まれる。
そのまま一の字の傷から血がどばっと溢れてくる。
「いだい!痛い痛い痛い痛い!痛い!な、なにするのよ!?」
「人を傷付ける覚悟もなく、人を傷付けていたのか?」
「うっ……」
ドサッと、明日香は床に無様にお尻を付く。
突然の事態で、彼女のパンツはわずかばかり水分が広がり気色悪い感覚に襲われる。
「なんだ?漏らしたか?」
「っ!?」
涙で目を濡らしながら、もう反抗出来ないのかなにも言えなくなっていた。
ようやく鎮圧できて、アイリーンも「ふぅ……」も息を吐いて、髪をわしゃっとかきあげた。
「どうせ自分のギフトがあるんだ。傷ぐらい癒せるだろ?」
「うぅ……。な、なんで先輩は私にこんなことするんですかぁ……」
「反省しているか?」
「は、はい……」
彼女の問いにこくこくと頷く。
「そうか」と言いながら、アイリーンはボイスレコーダーを明日香に投げ捨てた。
「反省しなければこのボイスレコーダーをお前のクラスにばら蒔く予定だったが、改心したのなら許してやる。このままひっそりと卒業までしおらしく過ごしていけ」
「わ、わかりました……。も、もうこんなことしません……」
「男を身体で誘惑しない。女を恐喝しない。その他、悪さを働かない。それを肝に命じろ。反省を忘れるな」
「は、はい……」
その返事に満足したようにアイリーンは刀を仮面の形に変化させていく。
「私とのやり取りも、正体も。今の出来事は誰にも秘密だ」と忠告をして、仮面を被るとそのまま教室を出ていく。
「はぁ……、はぁ……」
明日香はアイリーンが居なくなり、大きく空気を腹に溜め込む。
彼女が居なくなった安心感を噛み締めながら、左手で口を塞ぐようにして添える。
「ぺっ……!ぺっ……!」と唾液を吐きながら自らの左手に溜め込む。
そのまま歯を食い縛りながら、唾液を切り付けられた左頬に塗りつける。
「汚いからこんなギフト使いたくないのに……。最悪だ……。せめて直接舐められる位置なら手を汚さないで済んだのにっ……」
「この……っ!」と、憎しみを隠さないまま、左頬を唾液まみれの手でさすっていく。
すると、彼女の一の形に切れた傷はどんどんと回復していき1分が経つ頃にはすっかり元通りになっていた。
「どうせただの傷なんかアタシのギフトさえあれば簡単に癒せるんだよ」と、この場にいないアイリーンに見せ付けるように言い放ち立ち上がる。
自分のギフトが無ければ、一生残るかもしれない傷をあの女はよりにもよって女の武器である顔に付けた事実に脳ミソが沸騰しそうになっていた。
「あの女……」
スカートの上の方の真ん中が染みになっている。
その姿があまりに無様で、スカートにしまっているシャツをガバッと出して物理的に隠していく。
アンモニアの匂いがする気がして、惨めな気分にさせられる。
アイリーンに対する怒りを隠そうともしないまま、明日香はボイスレコーダーを真っ二つに割ってゴミ箱に投げ捨てた。
──彼女の闘志はまだ消えていない。
「あのババア……。さすがに男10人くらい集めてぼこぼこにしてやる……。来週にはあいつ殺す……。殺されるか奴隷にするか選ばせてやる」
教室から出て行き、自分の教室へと歩いていく。
その姿を気配を隠しながら、白い目で見ていた影があった。
「バカというのは火傷程度では懲りないものだ……。大火傷にして心の底から後悔させないといけないか……」
スマホで明日香と同じ学年の連絡先を持っている生徒全員にボイスレコーダーの中身のデータを送信する。
彼女の先輩相手に送らなかったのは彼女の優しさであるが、焼け石に水であろう。
すぐにギフトアカデミーという狭い箱庭で、江波明日香の悪事や女を武器にしていた性格は晒されることになろう。
やりたくはなかった最終手段である。
これで、完全に明日香は孤立する。
そのスイッチをアイリーンは躊躇いながらも押したのだ。
「ふっ……。私も甘いものだな……。アリアに知られたら叱られそうだ」
明智秀頼に手を出した挙げ句、彼を悪意に巻き込んだ時点でこんなものでは生ぬるいと声を上げるだろう。
アリアなら、もっとえげつないことをしそうだとアイリーンはじゃじゃ馬な妹を思う。
「それに、私は江波明日香を護った……。そういう正義の名の元に懲らしめた……」
彼女は、既にギフト狩りからのターゲットの1人として瀧口に狙われているという情報を知ってしまった。
しかし、こういう状況で明日香の悪事を出来ない環境を作り出してしまえばギフト狩りがわざわざ手を下すこともしないだろう。
結局は、誰かしらがあの女を断罪する運命は変わらなかったのだ。
「いや、これは私のエゴだな……。ギフト狩りに狙われただろうという免罪符で彼女の人生を狂わせた……。これは、私の罪だ……」
アイリーンは自分の妹にもこの心境を悟らせないように深く仮面を被り直す。
仮面とは自分の心に蓋をするには持ってこいだ。
「江波って女ヤバくない?」
「嘘っ!?僕、騙されてた!?」
「あの女、最低すぎ……」
「ちょっと先輩!?先輩、江波明日香に騙されてたみたいっすよ!?」
そんな噂が広まっていく様子を彼女はリアルタイムで感じながら、仮面の騎士はわざとらしく足音を立てながら自分の主の元へと戻っていく。
『江波明日香が孤立して、クラスでの居場所が完全に失くなった』
そんな噂が彼女の耳に届くのはそれからすぐのことであった……。
†
文字通り唾付けときゃ治るを体現した明日香のギフト。
こんな成りでヒーラー枠……?
原作での絵美や美鈴とは違い、元々の性格が終わってる自称ヒロイン(笑)の明日香ちゃんですが書いていて楽しかったです。
本当は前のページで仮面女ではなく和に捕まってしまい、解放されて油断したところで仮面女に捕まるという2段構えの予定でした。
しかし、文字起こしをしたらやたらこの和が強かったので残念ながらボツにされました。
秀頼が一切関わることなく、問題が解決する辺りもう彼は無敵なような気がしてきた。