35、宮村永遠は覚えていた
永遠ちゃんは少しだけコホンと息を吐く。
彼女の珍しい仕草に、『なんかSっぽいことなんかあったっけ?』と不安を覚える。
「ほら、あれは決闘の時ですよ」
「決闘……、はっ!?」
「あれは織田先輩を追い詰めた時の秀頼さんでした。遠くからでよくはわからなかったのですが、秀頼さんが汚い言葉で彼を罵っていましたね」
「あー。ピュアゴリラとかセンチメンタルゴリラとかどこからその語彙力が出たんだって言葉を叫んでたな」
「…………」
それ、俺じゃねーよ……。
と、大にして言いたいが中の人のやらかしは俺のせいだ。
全部の責任をあいつに擦り付けるわけにはいかない。
絵美と円の目の前で気絶した俺だが、一切彼女らがその事に触れないので完全に無かったことにしようとしていたが、あれから1年近く経って今更追求されてしまい言葉が出ない。
「あ、あれはその……。フラストレーションが溜まったことによる爆発で……」
「あん時の秀頼はもはや別人だったな。竹刀を持たせたら性格変わるタイプか?」
「む、昔の癖でな……。俺、剣道に命掛けてたから」
そういうことにしておいてくれ。
俺に多重人格的なものがいるとか思われるよりは100倍マシである。
「あの決闘の秀頼は本当にピリピリしたもんだ!な、五月雨?」
「いや、知りませんよ!自分、その場に居ないですから!?去年のエピソードですよね!?」
「残念だなぁ!秀頼が格好良かったのに!」
「くぅ……!悔しい!明智先輩、次の決闘してください!自分も応援したいです!」
「しないよ。決闘なんか一生に1回で充分だよ」
なんやかんや今年も仮面の女と決闘をしているわけで。
もう二度と決闘はごめんである。
コーヒーを口に付けながら、3度目は流石にないでしょと落ち着かせた。
「ウチにとって秀頼は弟みたいな存在だが、お前が敵ばかり作るとお姉ちゃん悲しいぞ」
「なんで咲夜が姉目線で語るんだよ。俺から言わせると、咲夜は妹みたいな存在だからな」
「なんだとゴラ?」
「やんのかゴラ?」
「なんの喧嘩ですかそれ?」
永遠ちゃんが呆れたとばかりに口を開く。
仲裁すら、する気は無さそうだ。
「ウチが姉か、秀頼が兄か。次の決闘のタイミングが来たみたいだ」
「そんな決闘は別に見なくて良いです」
決闘を見たがった五月雨すら、興味がないみたいである。
「でも、明智先輩が敵ばかり作るという谷川先輩の言葉で思い出したんですけど」
「ん?」
「こないだ、1年生で明智先輩の悪口的な?ことを言ってた人とかいましたよ」
「やーい、後輩にネガキャンされてやんの」
「やっぱりこんな姉嫌だよ。まぁ、良いよ。好かれる人じゃないのはわかってるし、好きに言わせときなよ」
「この秀頼さんの他人大好きかと思えば、たまに他人に無関心な二面性が怖い時あるんですよね」
「言わせておけば良いんじゃね?聞こえない陰口までイライラしてたら身が持たないよ。害もないし」
剣道部の陰険な虐め被害者の経験が、そんな害のないネガキャンなど児戯に等しい。
「それに男の嫉妬みたいなもんでしょ。だって俺も永遠ちゃんとか咲夜とか五月雨みたいな可愛い子を侍らせている先輩男子いたらネガキャンしたくもなるしな」
「か、可愛いなんてやめてください……」
「不意打ちやめい!」
「さっきの旅人とかの夢を現実的な夢じゃないと言ったのも永遠ちゃんらの可愛い彼女たちと離れたくないからそう言ったんだよ。こんな気持ち、自分には贅沢なんだ。文句を言われたって受け止めこそすれ、怒りなんかしないよ」
「しかも器が広いです!」
「秀頼!ウチはお前が旅に出ないと信じていたぞ!」
わかる、わかる。
前世でモテモテだったサッカー部のモテ・モテ男君に憧れ以上に妬みなんかもあった。
そこを否定しようがないじゃないか。
俺がそうやって納得していた時だった。
五月雨が「勘違いしてますよ?」と言われて、「え?」と漏らして彼女のオッドアイと目を合わせる。
「明智先輩をネガキャン?を、していたのは男子じゃないですよ。隣のクラスの女子でした」
「え?女子?俺、女子にネガキャンされてるの?」
「そうみたいですよ。ほら、明智先輩って生徒会長になるかもみたいな噂あるじゃないですか」
「あの噂だな」
「秀頼さんが生徒会長なら学校行く楽しみが増えそうですよね!実は期待してます!」
「待って!?待って、待って!せ、生徒会長?誰が?」
「明智先輩が」
「だから、明智先輩が生徒会長になる噂があるじゃかいですか」と真顔で解説する五月雨。
本人が知らない噂が平気で学校に流れている状況が不思議でならない……。
「あんなに悠久に贔屓されてたらそんな噂があるのも……。なぁ?」
「なぁ?じゃねーよ」
「あんなに悠久先生に贔屓されているんですよ。だからそんな噂があるのも……。ねぇ?」
「え?なに?俺になにをやらせたいの永遠ちゃん!?」
「咲夜みたいにもっとバシッと私にも突っ込んでください!」
回りくどくて、全然伝わらなかった。
それ以上に、推しヒロインの宮村永遠に対してタメ口で暴言みたいな口調で突っ込むにはまだまだ勇気が足りなかった……。
あと10年は待って……。
「とりあえず、そんな噂にも『あんな男に任せたら学校が終わる!』とか色々叫んでいるみたいですよ。『人間のクズ』とか『女の敵!』とか『変態ゴミクズ野郎!』とか。まぁ、酷いこと言ってましたね」
「聞き覚えのある悪口しかないが……。それ、単に和じゃないか?」
「和ちゃんじゃないですよ!?そもそも自分と同じクラスメートの顔とか間違えませんから!隣のクラスの女子ですって!?1年6組の子です!」
「秀頼さんに心当たりは?」
「そもそも1年6組に知り合いとかいないんだけど……」
先日、悠久の自宅でギフトアカデミーにいる女子生徒全員の顔と名前を確認したことは記憶に新しい。
そんな中、1年6組には知り合いの女の子は居ないと確実に断言できる。
小学生時代、中学生時代でも絡んだ子はゼロである。
「なんか凄く憎しみが籠ってましたよ。『人間の皮を被った悪魔』とかなんとか……」
「どこに行っても嫌われるなぁ俺って……」
「大概こういう女。秀頼に落ちるから。まーた秀頼の彼女が増えるな」
「そんな事例があるんですか……?」
「あぁ……」
咲夜が頷いた時だった。
カランコロンと、来客を告げるベルが店内に鳴り響く。
「こんちゃーす。お!秀頼来てるじゃん!なんだよ、あたしに会いに来たのかこいつぅー!可愛いなぁ、お前ぇぇ!」
「いや、五月雨の勉強を見に……」
「ほら、すぐそこに秀頼を嫌いだった女が」
「え!?ヨル先輩ってそうだったんですか!?」
「なんだよ、急に挨拶だな!?」
俺の悪い噂を流している女か……。
綾瀬翔子といい、なんでそんな女ばかりがギフトアカデミーに集まるのかねぇ……。
気にすることはないとは思いつつ、五月雨の噂になんか引っ掛かりを覚えてしまう。
一応、頭には覚えておこうか……。