9、島咲碧は拝む
「ここが楓さんの働いているたい焼き屋だったんですねー!きょ、きょきょ恐縮です!」
「働いているってかただのバイトよ、バイト。たい焼き屋に入るだけで恐縮でもなんでもないでしょ」
バイトの店員である一ノ瀬楓は暇なたい焼き屋時間が過ぎるのを待っていると、同じ彼氏と付き合っている島咲碧が大人の女性を同行させてミルクたいに入店していた。
お世辞にも派手ではなく地味寄りな島咲碧であるが、何故かその同行者はややケバいぐらいの派手な化粧やネイルに包まれたギャルである。
『どういう関係?』と、バイトをしている楓は碧に突っ込んだ話も出来なくて悶々としていた。
「ここがミルクたいかー。よくウチの弟がここにたまに来ているらしいのよ」
「そうなんですかー、ありがとうございます」
営業スマイルの楓であるが、その腹の中ではギャルの弟さんが『よく来るのか』それとも『たまに来るのか』どっちとも取れる言及を見せたので、やや困惑していた。
「ウチの弟はクリーム好きなんだって。碧ちゃんは?」
「あんこが好きです!」
「お前らベタかよ!あ、これ面白そうメイプルシロップだって」
「楓さんだから?」
「え?」
「私?」
「あれ?私、なんかやっちゃいました?」
3人してキョトンとしていると、ガラガラというレトロなベルが鳴る。
暇な時は30分客が来ないこともあるのに、1グループでも客が来ると何故か連鎖する。
そんな飲食店あるあるをしみじみ実感すると「こんちはー!」という聞き馴染みのある声がした。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは、たい焼き屋の姉ちゃん」
「あ!いらっしゃい十文字君」
「十文字さん?」
店員さんの名前にピクッと碧が反応を示す。
十文字という名字にどことなく覚えがある。
(明智さんのお友達さんだっけ?顔見たことないけど……。学生だよね?理沙さんのお兄さん?)
秀頼以外でも、絵美や理沙の口からも聞いたことがある名字だ。
それに十文字という名字はそんなに多くもないし、理沙の顔と比べるとどことなく似ている気がしてきた。
「じゃあ、なにしよっかなー。抹茶クリームとかうまそー」
「あれ?メイプルシロップにしないんですか?」
「あれはノリで」
碧とギャルの女性でやり取りをしていると、十文字タケルの後ろから数人の足音がする。
新しいお客さんも来たと楓が顔を上げるとよく見知った顔がいた。
「あ!明智君!絵美ちゃんに星子ちゃんも!おはよー!」
「おは、おはようございます……」
「あれ?秀頼、たい焼き屋の姉ちゃんと知り合い?」
「え?十文字君?」
「…………」
「…………4分の1引いてるじゃないですか」
「…………絶対この流れだと思ったんですよ」
秀頼、絵美、星子が入店そうそうに気まずい雰囲気であった。
なにがどうしたのだろう?
狭いたい焼き屋が6人のお客さんで店内は満杯になってしまった……。
─────
何故、低い可能性を的確に引けるのか。
たい焼き屋の店番をしている人が楓さんという25パーセントを引き当てていた。
「あ、こいつ知ってますか?」
「うん。知ってるもなにも私の彼氏です」
「あー、そうなんですねー。秀頼はたくさん彼女いますから…………。えっ!?たい焼き屋の姉ちゃん、秀頼と付き合ってんすか!?」
「あれ?十文字君、秀頼君が楓さんとも付き合ってるの知らなかったんですか?」
「知らねぇよ!」
絵美の指摘に断言するタケル。
楓さんの紹介をタケルにする機会なんかないので、逆に2人がお互いに知人だったことに驚かされる。
「あれー?星子ちゃん?」
「お疲れ様です!偶然ですね!」
「え?」
星子は俺たちが盛り上がっているところとは別を向き、島咲さんと同行していたケバいギャルに頭を下げていた。
「あ!お兄ちゃんたちにも紹介します!この人、巫女さんです。遠野巫女さん。達裄さんのお姉さんです」
「……は?」
「おー。この目付き悪いイケメン君が星子ちゃんのお兄さん!達裄からも話は聞いているわ。あの子の弟子とか」
「ぎゃ、ギャルマスターで有名な達裄さんのお姉さん!?」
「流君の親戚なんでしょ。やばっ、ウケるー」
ケタケタと笑いだすギャルマスターの遠野巫女さん。
達裄さんの紹介も、この人経由で紹介されたことを思い出す。
「た、達裄さんの姉……」
「こ、コミュ力高そう……」
「そりゃあ、陽キャの振りしてド陰キャの達裄《あいつ》に比べたらコミュ力高いわよ」
タケルと絵美が巫女さんの勢いに飲まれていた。
「なんなの、このカオス空間?」
戸惑うたい焼き屋の楓さんの呟きが、まさに現在の状況を一言で表していた。
「休日に明智さんに会えて光栄です!拝ませてくださいっ!」
「なんでっ!?」
島咲さんは泣ぐみながら拝み始める。
相変わらず俺を神様かなんかと勘違いしていた……。
「明智さんと話したのも久し振りな気がします……。記憶喪失の間、全然出番なかったから……」
「それは本当、ごめん」
文芸部の部室には居たのに、島咲さんと一切絡んだ記憶がない辺り申し訳ないことをした気がする……。
彼女の性格上、引っ込んでいたのだろうけど俺からもっと絡んであげたら良かった……。
「島咲先輩、巫女さんと付き合いあるの知らなかったです」
「ごめんなさい!私なんかが巫女さんと付き合いあって申し訳ないですぅぅぅ!」
「え?なんの謝罪ですか?」
後輩にも腰が低い島咲さんに星子は空いた口が塞がらない様子であった。
まさかたい焼き屋で、いつかは会ってみたかった達裄さんのお姉さんと会うことになるとは思いもしなかった。
『俺の姉さんはメチャクチャな人だから会わなくていーよ』
達裄さんに会ってみたいことを伝えても、そんな風に誤魔化すことが多い。
島咲さんや星子の前ではそんなメチャクチャな人には思えないが、義弟の前だと姉としての本性があるんだろう。
彼の苦労が浮かびそうだ。
「秀頼、絵美ちゃん、タケル。全員聞いたことあるわね」
「みんな良い人なんですよ!ね、島咲先輩」
「はい!私なんかに優しくしてくれる優しい人たちです!…………十文字さんとはロクに会話したことないですが」
「そっかそっか。良いねー、イケメン2人に囲まれて青春だ」
星子と島咲さんのお姉さん的ポジションで慕われているようだった。
「秀頼って周りの時空歪むギフトでもある?」
「んなのねーよ。お前が近くにいるだけでそんなギフト意味ねーだろうが……」
世間は相変わらず狭い。
第17章 本物の色
37、本物の色:島咲翠
こちらで登場する派手なギャルが遠野巫女である。
これまでも星子の過去編とかで何回か登場している。