98、サーヤの守秘義務
相変わらずサーヤは行動が読めない側の女だ。
俺を隣に座らせてなんの意図があるのかと身構えてしまう。
「そう固くなりなさんな、愚民」
「でもよ……。てか、誰と店来てるの?勧誘?」
「失礼ね!妾が変な宗教でも紹介するような悪人に見えるかしら!?」
「サーヤが変な宗教でも紹介する人に見えるから勧誘って言ったんだよ」
「やった!悪人とは思われてない!」
「まぁ……」
これまでサーヤと接してきて態度は悪人だが、性根はそうでもない人なのはわかっている。
あくまで態度は悪人だが……。
「というか、真面目に誰と待ち合わせしてんの?」
「え?そりゃあ…………、人」
「説明放棄すんなよ……」
「ぐ、愚民の手の平をすりすりしたい……。ひ、久し振りの筋肉じゃ……」
「隣に座らせたのはそれが目的かっ!?」
おそらく友達かなんかだと思うが、マタタビを前にした猫のようにサーヤは俺の身体にロックオンしていた。
今朝の寝ていた悠久と同じようにだらしない唾液を垂らしては、自分の手で唾液を拭っていた。
「触って良い?触って良い?」
「サーヤ、お前今手で唾液拭ってなかった?」
「許可出たーっ!」
「出してねーよっ!?てか、触るな!?ちょっと手が濡れてるじゃねーか!?」
「ただの唾液だから!」
「せめて手汗って言い訳しろっ!?」
結構静かな店内の中で、奥からじっとしたサワルナさんの視線を感じる。
俺の腕をすりすりしながらベタベタ触ってくるサーヤを引き剥がすようにするが、やたらサーヤの力が強い。
おもいっきりすると剥がせるが、ケガをさせるわけにもいかずに一方的にサーヤのお触りの被害に遭っていた。
「なんかいきなり店内が騒がしくなったね……って、何してるのサーヤ!?」
「あら、愚民」
「すっと口調を戻すな」
「いや、今の愚民はあんたに言った愚民じゃないわ。そっちの愚民に言っただけ」
「どっちでも良いわよ。知らない男の人を隣に座らせてセクハラすんじゃないわよ」
「知ってる男だからセクハラしてるのよ。知人がア●ルトビデオ出たらテンション上がるタイプだし」
「知人にア●ルトビデオ出てる人いねーし……」
なんかよくわからないが、サーヤの知人が来てくれたことでセクハラが収まった。
彼女の待ち人に感謝である。
「ごめんなさい!彼女、頭の病気なの!」
「健常だが?」
「いえ、それは前から知ってるので……」
「健常だが?」
隣で冷静に突っ込むサーヤを無視して、感謝するために彼女の待ち人と目を合わせる。
「あっ……!」
「えっ……!?」
その人物とアイコンタクトをした瞬間に、知人そっくりな女性が見えて目が点になる。
「スタヴァの姉ちゃん……?」
「違うが?」
「明智さん……?」
「そうだが?」
「そんなぼそぼそした反応要らないから!というか、なんでっ!?なんで明智さんがサーヤと一緒に!?知り合い!?」
俺こそなんで咲夜系陰キャのサーヤが、絵美系陽キャのスタヴァの姉ちゃんと一緒に待ち合わせをしているのかの疑問がメチャクチャ強い。
「知り合いじゃないよ」
「可愛い顔してハッタリかますな、愚民がっ!」
「え?俺の顔、可愛い?」
「え?なんでこの愚民照れてるの……?」
こんな悪役然とした顔がサーヤから可愛い呼ばわりされたことに意外があっただけである。
「この愚民は妾の店の常連客だ。妾からも疑問だが、千夏がなんでこのアホ男のこと知ってるのよ」
「えっ!?サーヤの常連客!?明智さんはこの店の常連客だよ!?」
「どうなってるの愚民?妾の方が常連よね?」
「何に張り合ってるの!?カフェと占い師なんてまったく競合してないんだから良いじゃん!」
そもそもサーヤが営んでいる『暗黒真珠佐山』なんか指で数える程度しか足を運んだことがないので常連と呼べるのかすら怪しい。
「えー、もう!明智さんが来るんだったらもっとおめかししてたのにーっ!」
「いつもと変わらないわよ」
「スタヴァの姉ちゃんも落ち着いて……。そんなに気を張らなくて良いからさ……」
「変じゃない?」
「いつも通り素敵なお姉さんです」
「なら良かった」
記憶喪失からの久々のスタヴァの姉ちゃんはやっぱり癒される……。
変なストレスが少なめなのも落ち着けるポイントである(知り合いに比べて)。
「というか明智さん、サーヤの店に通ってるの?」
「たまに」
「人生相談なり恋愛相談なりね」
「れ、恋愛相談!?あ、明智さんの恋愛相談ってどんなの?可愛い店員さんがいるとか?」
「あ!そういう個人情報の流出には厳しい店なんで!信頼に関わるから!普通に考えたらわかるでしょ、愚民!?」
「なんで急にそんなに当たりが強いの!?ガバガバなサーヤからプライバシー守る発言聞いたのはじめてなんだけど!?」
「落ち着いてください!え?友達じゃないんですか?」
喧嘩が始まりそうになる2人の仲裁に入るとお互いが「違うっ!」と口を揃える。
それがもう答えであった。
「この子、普段自分の友達の恋愛相談とか言ったり口軽いんだからねっ!?」
「楓のことは楓の前でしか言わないわよ」
「なら明智さんの前で明智さんの話するのも変わらなくない?」
「そ、それはほら……!愚民とは友達じゃないから……」
「友達じゃない人を愚民呼ばわりする方が問題じゃ?」
楓?
俺の付き合っている彼女である一ノ瀬楓がパッと浮かぶがそんなわけないか。
あの人やノアさんたちがサーヤとスタヴァの姉ちゃんと知り合いな図がまったく浮かばない。
過剰に反応のし過ぎだな……。
2人の珍しいやり取りを聞き流しながら、早く楓さんに会いたいなーと考え込んでいた。