92、佐々木絵美は弱い
「ふーん。あくまでシラを切るんだぁー」
ジト目を向けて、半分は確信があるかのような口振りだ。
くるくると髪を弄る絵美は妙に迫力がある。
妖艶に見える左目の下にある黒子が光ったかのようにも見える。
「な、なにをそんなに問い詰めるかのように……」
「それは、そういう証言があるからね」
「あ、津軽円……」
俺と絵美に割り込むような声に振り返ると、円も疑いの目を向けていた。
「証言?」と、聞き返すと円がスマホを取り出した。
「和からみんなにラインがまわってきたわよ。明智君が五月雨の手を握りながら連れて廊下を走っていたって」
「走ってねーよ、早歩きだよ!」
「あ、否定しない」
「嘘じゃないからな……」
円と絵美の追及に頷く。
そうか、ジュースを買って部室に連れ出すところを和に見られていたのか……。
否定のしようがない……。
確かにあの時にたくさんの生徒のギャラリーから見られていたし、和に目撃されていても不思議じゃない。
「なるほどな。明智、五月雨と一緒だったんだな」
「ヨルまで……。なんなの?俺の会話盗み聞きでもされているの?」
「同じクラスの彼氏の話に興味を抱かないわけないだろ」
「ッッッ……!?エヘヘ……」
「めっちゃ照れてる……」
「ご、ごめん!素直な好意をぶつけられるのに慣れてなくて……」
「何回もされているのにね」
確かに何回も好意をぶつけられている。
……が、1回豊臣光秀にリセットされたことで恋愛耐性もまた半リセットにされているようだ。
確かにこないだまでなら嬉しくても、あんなに露骨に顔には出なかったかもしれない。
「しかし、五月雨とようやくガッツリコンタクトを取ったわけだな。やはり、あいつがお前の記憶を奪った張本人だな?」
「あぁ。それは間違いないよ。本人から謝罪された」
「えっ!?茜ちゃんが!?」
「な、なんとなくそんな気はしてたけど……。本当にそうだったなんて……」
ヨル、絵美、円が反応を示す。
五月雨を連れ出した理由はまったく違うのだが、記憶のためと言われると絵美も責めることは出来ないらしく怒りは引いていた。
「それで!?あいつを絞めたか!?」
「怖いな!?そんなチンピラみたいなことしないからね!?」
相変わらず彼女になってもヨルは物騒なままである。
ヨルらしくて可愛いことは可愛いんだけど……。
「それじゃあ秀頼君はどうしたんですか?」
「あぁ。記憶を取り戻したさ」
「えっ!?記憶を取り戻したんですか!?」
「なんでそんなにシレッとしてるのよ」
「やるな明智。わからせたな?」
「だからそういうことはしてないっての!」
ヨルの中での俺は、元の世界の中の人要素がちょいちょい混ざっているのはなんなのだろう……?
「ということは……、これまでのこと思い出したんですか?」
「まだちょっと曖昧なところはあるけど……。5割程度は思い出したよ。徐々に記憶も開いていくと思う」
「逆に『記憶を失ってからの方』の記憶はあるの?」
「5割程度はあるはず……」
「すげぇ!足して100パーセントだ!」
「どういう理屈なの?そうはならないでしょ……」
ヨルの謎の理論に絵美が突っ込んでいて、円がクスッと笑う。
なんか新鮮なアクションだなぁと、どちらの記憶にもあんまり残らない3人のやり取りに俺も面白くて肩の力が抜けていく。
「ということはお帰りだね、秀頼君」
「あぁ……。そういえば絵美に言わなくちゃいけないことがあったような……?」
「えー?なに、なに?告白の言葉?キスしたい?それともその先がしたいとか!?」
「あ、思い出した!」
「なにかなぁ?なにかなぁ?」
「めっちゃ調子に乗るじゃん」
円からボソッとしたテンションの低い突っ込みをされているが、絵美はなにも気にしない。
それはそうと忘れない内に絵美に伝えなきゃいけないことを口にする。
「よくも記憶を失っていた時に誤解させるようなことを言ってたな?」
「…………え?」
「俺は今の言葉で思い出せたぞ。ピンク娘……」
「え?」
今朝の学校で、絵美と会話した内容が蘇ってくる。
『よく、夜に秀頼君の部屋に出入りしてたなー』
『…………ファッ!?』
『家、もだけど部屋だよ部屋ぁ!朝にもベッドの中にわたしが居たりね』
『ま、マジか……!?』
俺が絵美とヤっていたという誤解をしてしまったことによる誘導についてである。
「あっ!?」
「ようやく気付いたか絵美ちゃぁぁぁん」
「んひひひひひ」
「笑って誤魔化すなよ」
「だって意識して欲しかったんだもん!記憶喪失していた時の秀頼君、そんなにわたしのこと意識してなかったもん!」
「それは悪かったって」
ドキドキはしていたが、異性としての意識は確かに薄かったかもしれないという反省点が挙がる。
それは絵美に関わらずみんなに対してだろう。
「とりあえず今度こういう時があったら誤解させるようなことは言うなよ絵美」
「また記憶失う予定あるの?」
「ないけど!反省してねぇな!ヨル、絵美の頭をグリグリしてやれ」
「ガッテン!」
「いだだだだだだだ!?痛いよヨルっ!?」
直接女に手を出せない俺だが、ヨルなら出せる女なのを知っているので軽く罰は受けてもらうことにした。
「痛い……。わたし、弱いんだからセーブしてよ……」
「ギフトで作られたバリアを拳で壊せる女は弱くないんだよ」
「それはそうね。これは、絵美の負けね」
「今のわたしはギフト使ってないからメチャクチャ弱いの!」
ぎゃあぎゃあと女子同士の言い合いが始まっていた。
本当に悪いことをしたと心で謝りながら、けじめとして後で俺もヨルから頭をグリグリしてもらう罰を受けようという罪悪感が襲ってきた。