91、山本大悟はわからない
「と、とりあえず出ようか!今日は部活ある日だし、みんな来ちゃうしな!」
「そ、そうですね。自分の荷物も教室にあるのです……」
会話だけ聞くとギクシャクした距離感だが、実は物理的な距離はとても近い。
地味に手を繋ぎながら、部室のドアを前にしていた。
「…………離したくないです」
「うん。俺も……」
「はぁ……。もう、生きるのダルい……」
「嫌なことはたくさんあるよね。1個1個解決していこうか」
「手伝ってくれますか?」
「可愛い彼女のためならいくらでも」
「あ、ありがとうございます……」
2人共デレデレになりながら、顔を見合わせるのも恥ずかしくなる。
俺もどうやって記憶を取り戻したかをみんなに伝えるかを考えたりしなくてはいけない。
考えるのがダルいことが多かった。
悠久──悠久先生にもどうやって対応しようか。
いつの間にか悠久じゃなくて、悠久先生と心の中ですら先生呼びが根付いていた。
天使ちゃん呼びといい、変な癖が3日の間で増えすぎて中々矯正できなくなっていた。
それはそれで、色々と支障があるかもしれない。
「じゃあ、とりあえず一旦わかれましょう」という五月雨の提案で手を離し、自分の教室へ足を運ぶ。
気付いたら廊下にはカバンを持った生徒たちがそこそこ溢れていた。
本当に帰りのホームルームが終わったという自覚が芽生えながら後ろめたい気持ちで教室に向かった。
教室に入る際も、無意味に後ろのドアからガラッと開けてコソコソと潜入していた。
「あ!明智先生ハッケンダー!」
「み、見付かった……!」
「なんでそんなに悔しそうなんだよ」
ドアを開けた10秒経たないくらいで部活に行こうとしていた山本と出会った。
今までどんな風に山本と接していただろうか……?
記憶喪失前と記憶喪失中の記憶がごちゃごちゃになって対応の仕方がわからなくなっていた。
「どうした明智?サボりなんて珍しいじゃないか?」
「そう!珍しいんだ!」
「は?」
「珍しいことをやってみたい!人とは違うことをやってみたい!俺はそれを実践したんだ!」
「ふーん」
どうやらわかってくれたようだ。
「記憶喪失して頭おかしくなっちゃたんだな……」
「そんな暖かい目をこちらに向けるな……」
「しゃーない、しゃーない」
「…………」
全然わかってくれなかったようだ……。
そのまま山本は部活に行ってしまった。
(真っ先にお前を見付けるのが山本とは……。あの男、お前が好きだなぁ?)
なんでもかんでも恋愛に結びつける恋愛脳、やめた方が良いよ?
中の人が怖い考察をするので、やんわりと忠告しておく。
「ふぅ……。自分の席に戻れた……」
すでに帰りのホームルーム終了から時間が経ったようで、隣のアリア様は姉共々その姿はない。
弄られることも無さそうだなと平和に安心しながら、通学カバンを机の上に置く。
「あ、秀頼君だ」
「やぁ、絵美。気持ちの良い放課後だね」
「ふーん。凄く気分が良さそうだね。もしかして浮いている?」
「べ、別に?普通じゃない?」
気分が良さそう?
浮いている?
やや不機嫌な絵美の態度に不穏なモノがある。
そのまま、意味ありげに主のいなくなったアリア様の席に絵美が座った。
「ど、どうしたの絵美……?」
「いえいえ」
「にっこり笑顔がぶき──」
「わたしの笑顔が不気味?」
「いえ!メチャクチャ可愛いです!」
「ありがとうございます!」
わからない。
ただ、本能的に今の俺は絵美がメチャクチャ怖い……。
本当に彼女が彼氏に向ける刺々しさなのかと、ドキドキが止まらない。
この絵美の機嫌の悪さは、嫉妬からである。
確かに絵美の嫉妬は可愛いのだが、嫉妬をされている間はおっかないポイントが100倍のバフがかかる。
可愛さとおっかないバフが混ざり合っている時は、そっとしておくのが吉。
別にやましいことなんか……──ある!
で、でも絵美が今まで五月雨と一緒にいたなんて知るわけないだろうし、堂々としていれば良いのだ。
通学カバンの中に必要なモノを詰め込み終わると、部活に行く準備が出来た。
「あ?準備終わりました?」
「終わったよ……」
そっと席から立ち上がってドロンと消えようとしていたが、帰り支度を絵美は待っていたらしくその隙を与えてはくれなかった。
な、なんで不機嫌なの?
そんな風に心臓をバクバク鳴らしていると、絵美が「長い時間サボったねー」と切り出してきた。
「珍しいね。サボりなんて?」
「そう!珍しいんだ!」
「秀頼君は珍しいことを進んでやる人じゃないよね?」
「うぐっ……」
山本への逸らし方は完全に通じない。
お、俺は授業をサボったことにより叱られているのだろうか……。
「ご、ごめん……。授業サボっちゃって……」
「ん?別にそんなことで怒ってないよ」
「違うところで怒っているって言ってるようなものじゃ……」
「別に怒ってないよ(ニコニコ)」
「……」
怖い、怖い!?
ニコニコという擬音が聞こえてきそうなくらいに満面の笑みである。
(絵美の満面の笑みってか)
しょーもない呟きの中の人は完全に他人事である。
知らぬ存ぜぬの態度だ……。
「ところでさ、秀頼君?」
「う、うん?ど、どうしたのかな佐々木絵美ちゃん?」
「今の今まで、茜ちゃんと一緒いたよね?」
「…………え?」
「茜ちゃんとよろしくやってた?」
「…………」
「凄い目が泳いでますよ?」
「ないです……」
否定しようが、絵美の目は半信半疑であるようだった。
な、何がどうなっているんだ……?