90、明智秀頼は実感がない
五月雨茜の彼氏になる……?
兄になって欲しいという願いは納得は出来ないが、まだ理解は出来た。
五月雨茜はブラコンという設定があるからだ。
しかし、彼氏になって欲しい願いは理解どころか納得すら出来ない。
なにがどうなってそうなるのか。
「か、彼氏?俺が天使ちゃんの彼氏になるの?」
「言い方を変えれば……、自分が明智先輩の彼女になります」
「いやいやいや……」
頭が痛くなってきた……。
これもまた五月雨茜のギフトが原因なのかと身構えてしまう。
「天使ちゃんに衝撃の事実を暴露しようか」
「はい」
「俺ね、10人以上の彼女いるんだよ」
「はい」
「え?驚かない?」
「明智先輩のギフトの中身よりは衝撃度は低いですね……。あと、なんとなく察してました。わかっていて告白しました」
「…………」
俺は、ズルズルズルズル複数の女の子と付き合いまくるような男じゃないはずだ。
こんな沼に自分から入る選択肢はもうない……。
というか、もうキャパオーバーであると本能がストップをかけつつある。
「ごめん……。付き合うとかはもう」
「そうですか……。兄にもなってくれない。彼氏にもならない……。もう死にます……」
「さっき『自死を選ばない』って宣言してなかった!?」
「ケースバイケースです……。さよなら、明智先輩……」
「なんで死ぬことに躊躇いがないんだ……」
ナイフは取り上げたとはいえ、レイプ目になっている彼女が俺と別れたあとに躊躇なくその実行に移すことを察してしまう。
な、なんでこうなるのか……。
「わ、わかった!付き合う!付き合う!付き合おう天使ちゃん!」
「なんか無理矢理自分が強要したみたいです……。悲しい、死にたい……」
「違う!その……、俺……。彼女になった子は全力で愛しちゃうから……。天使ちゃんが死にたくなくなるくらいに俺、君を愛すよ」
「え、えぇっ!?」
「それくらいの保証はする。だから、生きて楽しみを見出だして欲しい」
「は、は、は、はい……」
自分の意思を伝えると、持っていたナイフを返すようにして五月雨に取っ手部分を向ける。
「よろしくね、天使ちゃん」
「よ、よろしくお願いします……。明智先輩……」
「そ、その……。変な質問になるけど……。俺のこと好きだったの?」
「わりと最初から。お兄ちゃんとして狙ってました」
「そ、そう……」
五月雨茜ルートは、実はそんなに恋人してるようなルートにはならない。
先輩以上、恋人未満的なあやふやな仲で終わりを迎える。
タケルですら完全に攻略したと言いにくい子が五月雨茜という少女なのだ。
まさか、そんな彼女と付き合うことになるとは思いもしなかった。
「あと、好きだったじゃなくて『好き』ですよ」
「う、うん」
「現在進行形です!」
「あ、ありがとう……」
「顔が赤いですよ、明智先輩」
「天使ちゃんも顔赤いからな!」
五月雨の白い肌が真っ赤に染まっている。
「ははは……。自分、人より肌が白いから照れると凄く顔に出るんです。恥ずかしい……」
白髪をかきながら誤魔化すように笑う。
か、可愛いな……。
五月雨が彼女だと思うと、凄くいけない気分になる。
特に顔付きは絵美と肩を並べる程度には幼いので、背徳感がある。
「これからよろしくね、天使ちゃん」
「よ、よろしくお願いします……」
ナイフを懐に仕舞う物騒なところも見せつつ、お互いに頭を下げた。
(ヒュー)という中の人の口笛が聞こえてきて、精神的にイラッとさせられた。
まさか記憶を失い、記憶が戻ったらまた1人彼女が増えたという事実は小説よりも奇なりというオチが付いた。
「あ」
その時だった。
『キーンコーンカーンコーン』という学校のチャイムが鳴る。
どうやらお開きの時間のようだ。
「よし。昼休みも終わりだ天使ちゃん。とりあえず自分の教室に戻ろうか」
「…………?」
「なんでそんな不思議そうな顔してるの?」
しかし、五月雨は足を動かさずにポカーンと口をマヌケっぽく開いているだけで動く気配がない。
「一体どうしたの?」と追加で尋ねると、彼女は「その……」と気まずそうにしている。
「と、時計を見てください……」
「時計?…………え?」
「今、帰りのホームルーム終了のお知らせです……」
「なんですと!?な、なんで時間がこんなに……」
「明智先輩、結構意識失ってましたね……」
「俺、2時間近く気を失ってたのか……」
体感、五月雨から記憶を戻してもらってから10分くらいなのだが、どうやら長い時間眠っていたようである。
授業サボったぁぁぁぁと、青ざめていく……。
「じゃあ俺のウーロン茶は……?」
「メチャクチャぬるいと思います……。なっっちゃんももう水滴ないです……」
「そ、そんなぁ……」
地味に自販機で買ったお茶がぬるくなり美味しさが半減したことにも、授業をサボってしまったショックと同じくらいあった。
家で冷やすか、氷入れて飲むしかないじゃないか……。
今すぐにウーロン茶を飲むという選択肢はなかった。
「て、天使ちゃん?ところでずっと俺の側にいてくれたの?」
「は、はい……。明智先輩を1人に出来なかったですし……。無防備でとても可愛い寝顔でしたよ」
「そうですか……。でも、ありがとう。天使ちゃんがずっと見ていてくれて嬉しいよ」
「は、はい……」
お互いに気まずさと恥ずかしさが混ざり、なんとも言えない空間が構築される。
つい数分前まではただの後輩だった子がいきなり彼女になったと言われてもまだまだ実感は持てないままであった……。




