89、約束
『ごめんなさい──。十文字先輩……。乙葉ちゃんを殺害した自分を、絶対に許さないでくださいね』
セカンドのヨルルートであるトゥルーエンドにて、すべての事件が解決した後に五月雨茜は自分でナイフを抉ってそのまま自害して果てるという結末になる。
俺の目の前で、まさにそんな惨劇と同じことが起きようとしている。
「ダメ、ダメ、ダメ!死ぬのはなし!絶対ダメ!?」
「ふふっ。明智先輩は優しいですね……。でも罪悪感がのし掛かってきて死ぬしかないんです……」
「もうちょっとメンタル強く持って!そもそも何も罪悪感を感じることなんかなにもしてないでしょ!?」
赤坂乙葉殺害を食い止めたのに、どの辺りに罪悪感があるのか!
天使ちゃん、怖いよ!?
「明智先輩は包容力が高いですね……。でも、自分は──」
「だからダメ!死ぬことで逃げようとするな!」
「死ぬことは逃げることじゃありません……。罪を償うことです」
「話が通じないね君!?俺に言わせたら罪を償うことも逃げることも同じなんだよ!だから君の自己満足に過ぎないんだよ!」
とりあえずナイフだけは引ったくり、五月雨が取れないように上に掲げた。
あまりにも引ったくった時の彼女の力が弱すぎて、これ本当に自分で死ぬことできるの?という違う心配ごとが増えた。
「明智先輩は意地悪です!」
「優しいんじゃなかったの?」
「っ!?」
「こんなに見た目サディストの男が意地悪じゃないわけないんだよ」
「でも普段、みんなに意地悪されてます……。本当はマゾですよね?」
「お前もそういう目で見てたか……」
マゾになったつもりはないんだが……。
ナイフを五月雨が取れる位置に持っていくにもいかず、ナイフを掲げている自分の姿がマヌケに思えてしまう。
「はぁぁぁ……。誓いの言葉、思い出したよ」
「え?」
「天使ちゃんの言うことなんでも1つ聞いてやる。だから、死ぬとかなしだ」
「そ、そんなの明智先輩が決めないでください……」
「お前が死にそうになったら俺が守ってやる。……お前が自死を選ぶならギフトを使ってでも止めてやる」
「ギフト……?」
「天使ちゃんには黙っていたけど、俺はギフトが使えるんだよ。『俺の下した命令には絶対に従う奴隷にする』っていう最低なギフトがな」
「…………」
五月雨を少し脅すような口調で本当のギフトのことを晒す。
俺が自分でギフトを明かすことに、1番自分が驚いていた。
それだけ、彼女を信頼していたのかもしれない。
記憶を失っていた間に、変な情が移っちまったかも……。
勢いで口走ったことに、徐々に後悔のような念が走るが、時既に遅し。
──ぎ、ギフトを使って今の記憶消すか?
ナチュラルにクズ男の思考になる程度には自分でも混乱していた。
「なんですかそれ……」
「ゲスいギフトで幻滅したか?」
「明智先輩は強いし、そんなギフトがあるなら自分の脅威なんかいくらでも排除出来たじゃないですか……」
「…………まぁ」
俺が強いかは置いておき、ギフトを使ってくる五月雨をどうにかしようと思えばいくらでも出来た。
追いかけっこでも、ギフトを使ってでも、暴力行使でも、ヨルや悠久を頼るでもなんでも脅威を排除したり、対策は打てたのだ。
「でも、やりたくなかった……。天使ちゃんを傷付けたくなかった……」
「な、なんですかそれ!?」
「でも、結局天使ちゃんを傷付けた……。ダメだねぇ、俺は……」
達裄さんみたいな、スーパーヒーローではない。
結局、ダメダメな結果しか生まない。
「──自分はもう、自死を選びません」
「天使ちゃん?」
「だから、お願いです明智先輩……。誓いの言葉を聞いてくれますか?」
「……あぁ」
なんでもお願いをきく、か……。
『じゃあ、次は死んでください』とか言われたら俺はどうすれば良いのか。
戦々恐々としながら、ちょっとだけハラハラする。
「じ、自分の──!自分のお兄ちゃんになってください!」
「あ、それはダメ。俺の妹は星子だけなんだ」
「早い!なんでですかぁぁぁぁ!?」
「いや、天使ちゃんを妹として見るとか無理だし……。天使ちゃんは天使ちゃんだよ……」
そもそも星子ですら、血の繋がりとか本当にあるの?ってレベルである。
1人っ子の豊臣光秀時代と、虐待被害の明智秀頼時代が長過ぎたためである。
星子は妹だけど、多分一般的な兄妹ともまた違う距離感なのだ。
五月雨も妹に──とは、なるわけがなかった。
「兄になるのはダメだけど、…………譲歩して奴隷にはなれるよ」
「どんな譲歩ですか!?そっちの方が普通提案しないですよ!?」
「あ、足舐めろとか腋舐めろとか椅子になれくらいなら命令きけるし……」
「え?やっぱり明智先輩はマゾ?」
「全然」
今の一例に俺がして欲しいことなど1つも紛れていない。
ただただ奴隷になるなら、こういうことされるよねという一般常識を羅列しただけに過ぎない。
「わ、わかりました。兄になれとは言いません。違うお願いなら良いですよね?」
「ま、まぁ違うお願いなら……」
「奴隷は頼みませんよ」
ちょっと悲しい自分がいた。
「それで、天使ちゃんのお願いはなんだい?」
「明智先輩……」
「うん」
「自分と……」
「天使ちゃんと?」
「自分と……付き合ってくださいっ!」
「…………え?」
兄になるお願いが訂正され、彼氏になるお願いをされてしまった……。
部室の時間が止まってしまう。