82、明智秀頼とコンタクト
絵美とはやっぱりやってた……?
悶々とした気分の中、学校の授業が始まってしまっていた。
「…………」
いやいやいや。
俺の記憶に絵美とのやっちまった記憶は一切ない。
記憶がないということはしてないも同義なのではないか!?
誰にも聞こえていないのに、何故かそんな言い訳をしてしまっていた。
いや、1人の謎の声の奴には俺の考えも共有されているのかもしれない。
──いや、本当にした記憶ないんすよ!
その中の人に自分は『神に誓って心は童貞なんです!』とその謎の声に宣誓していた。
その必死な訴えが届いたのか(おお、そうか)と返答がくる。
おお、どうやら謎の声とコミュニケーションが取れるようだ。
不謹慎ではあるが、多重人格になった気分である。
でも、そういうカードゲームの主人公が世代だったわけだしちょっと憧れの気持ちはあったりする。
(心は童貞ということは、身体は童貞じゃないと?そういうことなんか主?)
あ、主?
その俺への呼び方といい、教室に人が集まっているのに相変わらず俺にしか聞こえていないらしい変な心の声である。
顔は見たことないけど、友達みたいなニュアンスで良いのかな?
(誰が俺とてめぇで友達なんだよ。記憶失ったからって俺は優しくねぇんだよ)
悪ぶったように低いトーンで語りかけてくる。
典型的なツンデレな態度にしか見えないが、本当に友達じゃないかもしれないので馴れ馴れしい態度は取らない方が無難かもな。
(まぁ、お前が童貞であれ、ポーン童貞であれ、キング童貞だろうが知ったこっちゃないさ)
ポーン童貞ってなんだ?
キング童貞ってなんだ?
謎の単語に童貞という単語がゲシュタルト崩壊を起こしてくる。
(でも、まぁ。お前の中では夜に幼なじみの女が度々家の部屋に出入りしているのに、1回もそんな男女の仲にならないのが普通だったら童貞なんじゃない?)
…………。
(まぁ、気がない男の部屋なんか来ないよなぁ。しかも、付き合ってるんだもんなぁ。いやぁ、そんなことが1回も起こらない枯れた彼氏様と彼女の絵美ちゃんだなぁ)
うっ……。
煽るように楽しそうに一言一言を力強く押し付けるように、刃物で抉るように突き付けてくる。
こ、こわぁ……。
もう1人のボクこわぁ……。
もうちょっとカードゲーム主人公をやっていた中の人らしく、デスティニーランド大好きな可愛らしい面があって良いんだよ……。
サディストが服を着たような恐ろしい声である。
「おーい」
「……………………」
「おーい、明智!」
「え?」
ぼーっとしながら中の人?(人なのかこいつ?)と脳内で会話をしていたが、急にリアルの世界から俺の名字を呼ぶ声がして、はっとする。
豊臣には慣れているが、明智なんていう縁も縁もない名字が自分だと気付けない時もある。
本当に恥ずかしい……。
「(秀頼、瀧口先生が呼んでるわよ!)」
「(わ、わりぃ……)」
ひそひそとした隣の席に座るアリア……なんとかの小さく呼び掛ける声で目が覚める。
存在しているかどうかもよくわからん謎の声と自由にコンタクトを取れるようになっただけで変にテンションが高くなっていた。
人と会話することは大好きなので、こんな風にやり取り出来るのは楽しいかもしれない。
口は悪いが、根は良い人そうだ。
それこそヨルみたいな人?なのかもしれない。
(ば、バカじゃねぇのかお前っ!?)
なんか可愛い……。
これが大人視点から見る弟の可愛さだろうか。
「明智っ!」
「は、はい!」
「記憶障害なのは知っている。だが、ぼーっとし過ぎだ。目が明らかに集中してなかっただろ」
「は、はい!すいません!」
しかし、残念ながらもう1人のボクと楽しく談笑出来る空間ではなく、教師に咎められてしまった。
この瀧口先生って、どう見ても瀧口雅也だよね……。
ギフト狩りのリーダーを努めていた、セカンドシーズンのラスボスである。
なるほど、現在はファースト終了後以降からセカンドの中盤程度のシナリオの進行具合なのか。
真面目に考察しながら、瀧口先生に対してはやや警戒しながらやり取りをする。
「記憶障害というのは、どこまでの記憶が無いんだ?」
「え、えっと……。生まれてからの記憶全部……です」
「そ、そうか……」
本当は、昨日はヨルと一ノ瀬楓さんと谷川咲夜のおかげでどうにか3つの記憶は思い出せたが説明が面倒なのでそこに関してはわざと報告するのをやめた。
「そ、それはその……すま……」
「え?」
「いや、なんでもない。気の毒だったな。だが、授業は真面目にしてくれ」
「は、はい……」
瀧口先生って、不真面目な授業態度の人大嫌いな設定なんだよなぁ……。
特にいつも刹那的なノリで生きている明智秀頼のことは大嫌いで、生徒とすら思いたくないほどに嫌っているらしいからな……。
まったく、変な人物にばかり注目され過ぎだ。
「この授業内容、わかってるか?」
「全然わかりません!」
「そ、そうか……。実に明智らしくないな……」
「うっす」
「真面目に授業に取り組めよ」
「わ、わかりました。がんばります」
瀧口先生からエール的なものを受け取った。
あの人は俺が嫌いらしい設定だが、人は見かけによらないものだ。
隙を見せないようにしないと、と警戒しながら授業の再開を待つのであった。