78、近城悠久の二日酔い
「っぅ……、頭いてぇ……」
わたくしはなにか悪夢から逃れようとしていたのか、苦しい感情が溢れてきてしまい目を覚ましてしまった……。
目を開ける前は、本当に地獄にいた気がする。
そして、目を開けた今も地獄の痛みが頭を襲う。
「気持ち悪い……」
完全に2日酔いだこれ……。
慣れないビールなんか飲むから、変な悪夢も見たんじゃないだろうか……。
こめかみを抑えながら、歯を食い縛る。
昨夜のことを必死に思い出せるようにと思考を深く潜らせようとするほどにこめかみを抑える2本の指に力がぐいぐい入っていく。
なんか色々酷い酔い方をしてしまった気がして、思い出したくないという気持ちと思い出さなくてはという気持ちのジレンマに悩まされる。
妹の絵鈴からも『悠久は酒飲んだらいけないタイプ』と余計なお世話をされる程度には酒癖が悪いらしい……。
日頃のうっぷんが溜まってしまい、爆発しちゃうのよね……。
悠久の壮大な名を持つのに、自分が恥ずかしいわ……。
「…………全然記憶がないわ……。記憶を整理しよう。確か風呂と夕飯が終わって……。それから確か秀頼を呼んで、ビールを飲んだのだっけ……」
仕事上がりに喫茶店の『サンクチュアリ』に寄る前に120円程度で購入したビンに入ったコーラなんかを彼にあげたんだっけ。
時間をかけて記憶を辿っていくと、ゆっくりであるが記憶が開いていく。
記憶障害な秀頼にはこれが出来ないと思うと、同情してしまう。
彼に限らず、そんな人はたくさんいるんだろうけど……。
ここまでは、昨日も酒を飲みながらも頭の片隅にあった。
問題はその後、今回はなにをやらかしただ。
「すっげぇビールが苦くて本当に苦手なのよね……」
ビールを飲むだけで、脳が『うっ……』と弱音を吐いているような気分になる。
それくらい、自分の弱点でもあるけど秀頼の前で見栄はって1人でビール飲むのはやり過ぎたか……。
「確かお菓子食べたわよね……。パッキーとポテトチップス……」
あんまり口にしなかったけど、あれは元々秀頼に食べさせる用だったからそこに未練はない。
「ここからの記憶が一気にないのよね……」
ベッドで頭が枕から離れて、悶々とする。
頭の髪をくるくるといじる。
指に巻き付いた髪をすっと外す。
それを意味もなく2回、3回と髪いじりを繰り返していく。
なんか秀頼に絡んだ記憶はあるが、その絡んだ記憶がどうしてもない。
「酒を持って来いみたいなのは言ってたわよね……」
絞り出した記憶が、コークサワーを飲んでいたものである。
秀頼にあげたコーラと見た目は似ているものの、アルコールが7パーセント程度入った缶の酒ではややきつめの度数のやつだったはずだ。
それから芋づる式になにか思い出せれば良いのだが、残念ながらコークサワーが途切れた記憶の終点だったようだ。
「秀頼とはいえ……、生徒にあの態度はまずいわよね……」
部下である教師陣に同じ態度を取ったらパワハラだと騒がれてもおかしくない。
だから、ギフトアカデミーの教師たちの飲み会や打ち上げの際は必ず車で出向き、飲まずに直行で帰るということがルーティンと化していた。
おかげで『悠久学園長は酒が飲めない』なんてちょっと舐められたような噂が教師陣でまことしやかにささやかれているのを本人であるわたくしも知っている。
目覚ましが1回も鳴る前に起きて損した気分だ。
早起きは三文の得とはいうが、そんな三文程度をもらうくらいならダラダラと怠惰に溺れていたい……。
休み中はもういっそ半日ほど眠っていたい。
「あれ?でもベッドでなんかわたくし寝ていませんわよね……?」
ベロンベロンに酔いながら、気持ちよーくテーブルに突っ伏して意識を落としたのはぼんやり覚えている。
実際テーブルで寝てしまい、身体に痛さとか部屋の電気の明るさなどが原因でそのまま深夜に起きることはよくある。
寝落ちした際は必ず変な時間に起きてしまう。
しかし、そんな途中で起きることなく、気づけばベッドにいたなんて起こり得るわけがない。
わたくし1人なら。
だが、現在この近城家にもう1人の人物か寝泊まりしている。
寝落ちした自分を運ぶことが出来る力を持つ男がいるのだ。
「秀頼のおかげか……。本気で嬉しいやつじゃん」
わたくしは目をこすりながら、後で顔を合わせた際に感謝しないと……、と謝罪と一緒になんて言おうかシミュレーションしていく。
「…………あれ?あいつ、どうやってわたくしを部屋まで運んだ?」
秀頼が自分を運ぶ姿を想像して、思考が止まる。
「人1人を運ぶのよ?台車が楽よね……?」
いや、でもこの家には人を運べる台車なんか置いてない。
道具を使わないで、秀頼はわたくしを部屋に運んだ?
どうやって……?
考えられるのは、おんぶか抱っこ……。
おんぶされている自分、抱かれている自分。
果たしてどっちが正解なのか。
「…………」
秀頼がわたくしをお姫様抱っこしてベッドに寝かせ付けるイメージが浮かぶ。
そんなお姫様抱っこのイメージにあるわけないじゃんと息を吐き出す。
「おんぶに決まってるか……」
お姫様抱っこだとしたら、わたくしは学校に行けないくらい恥ずかしい。
その2択の選択を忘れるように、頭を枕に付けた。
「……もう寝よ」
脳内で『今日はもう寝ようぜ』と誰かに囁かれた気がして、そのまま二度寝に入り、マブタを閉じた……。