74、近城悠久の酒癖
『おっとととと……』が大成功を納めると、悠久先生が機嫌良くなり「おつまみあるから持ってくるわ」とのそのそと立ち上がり、キッチンの方向に消えていく。
2分ほどして持ってきて、おつまみを両手に持って戻ってきた。
ポテトチップスにパッキーというお菓子のチョイスであった。
おつまみというからには、もっとおっさんっぽいチョイスになると思っていたから案外可愛いセンスである。
「やっぱりお酒にはポテチとパッキーよ。このチョイスは譲れないわね」
「へぇ」
「ローストビーフとかマグロの刺し身とかお寿司の方が良いんだけどねー」
「生物は買ってないんですね」
ポテトチップスの袋を無言で渡される。
意味を察して受け取り、力を入れて口を開ける。
その間に悠久先生はパッキーの箱、中にあった袋を開けていく。
「ほら、秀頼もコーラ飲みながら食べなさい!」
「まさにジャンクフードの組み合わせだな……」
「なにを子供が健康に気ぃ遣ってんのよ!健康なんて嫌でも大人になったら気遣うことになるんだから今の内に好きなもんバクバク食っとくのよ」
「あ、ありがとうございます……」
基本的に剣道のために身体を絞るので、間食する習慣がないのでこのお菓子を前にして揺らぐ気持ちと後ろめたい気持ちに襲われる。
でも、誘われているなら仕方ない。
うん、これは仕方ない。
(なんの言い訳だよ?)
「っ!?」
俺の中のジキルとハイド!?
またあの変な声だ。
俺をどこかに導いているのか……?
「うー……。やっぱりビール苦いよぉぉぉ……」
「本当に大丈夫なんですか?」
「ぱ、パッキーのチョコレートの甘さで中和するから」
「中和しますか、その組み合わせ?平和な人ですね」
「お前は突っ込みばっかりだな!ほら、食べて食べて」
「い、いただきます……」
別に今は剣道部じゃないらしいし、ちょっとくらい誘惑に負けても良いだろう。
悠久先生から手渡されたパッキーを口に含み、かじる。
「あっ、うまっ!」
普段あんまりお菓子を食べないが故にチョコレートと棒型ビスケットが一緒に良い味を出していてめちゃくちゃ美味しい。
わりと体感1年ぶりのチョコレートかもしれない。
「そうそう。パッキーは美味しいの。ポテチも食べなさい」
「うん。あ、ポテチもクセになる味ですね」
「そういうこと」
ウチの豊臣家には母さんの好みでうすしお味のポテトチップスばかりを買ってくる人であった。
コンソメ味のポテトチップスは友達の家でしか食べたことがなかったので、懐かしい感情が蘇ってくる。
懐かしいな……。
アレは夏休みだったか……。
友達の家に上がり込んで冷房の効いた部屋でカードゲームをしまくった思い出だ。
そして、カードゲームに飽きるとサイダーを飲みながらポテチコンソメ味を一緒に食べたのだ。
今頃あのあっくんは何しているんだろう……?
高校で別になり、クラスメートの女の子と付き合ったが実は美人局で全財産パクられたみたいな壮絶な噂を聞いていたが真偽はわからず仕舞いだ。
「グググググッ……。くぅー!疲れました!」
「そうだね……。俺も疲れましたよ」
なんかのコピペみたいなことを口にしていた悠久先生であった。
「ひでよりぃ……、ついでー」
「なんかペース早いっすね」
「ビールにも慣れてきた。ほら、早く!」
「わかりましたよ」
少し酔っ払ってきた悠久先生のジョッキにビールを注ぐ。
これで最後の量らしく、満杯に入れると瓶ビールの中身が空になる。
「やりましたね悠久先生!ラストビールです!」
「お?マジ?」
少し目がとろーんとしてきた悠久先生。
アルコールがまわってきたようで、普段より声が大きくなっている。
因みに俺のビンに入ったコーラはまだ3分の1ほど残っている。
瓶ビールの方が明らかに量が多いのに、コーラより先に無くなっているほどペースが早く感じられた。
「まったくよー!絵鈴ったら……、ずっと遠野家に居候しやがって!あの羨ましいやつっ!」
「どうしました急に!?」
「愚痴や、愚痴!ちょっと付き合えや秀頼っ!」
「えっ!?うわっ!?」
絡まれるようにして、首に腕を巻き付かれてしまい、動きをロックされる。
動いて逃げようにも、首のロックを外す気は無さそうだ……。
ヤバイな……。
ビールをピッチ滅茶苦茶に飲んだのがきっかけで酔っ払い女が1人ここに生まれてしまったようだ……。
「だいたいさー、今の子供は態度悪すぎっ!挨拶もまともに出来ないわけぇ!」
「え?あ、あの……」
「おだまり!」
「はいっ!」
はじめて人に『おだまり!』と力強く真顔で叱られて、背筋がピンと伸びる。
その間にごくごくとビールを飲み干していく悠久先生。
「もぅ……、なんだってのよぉ……。みんなしてみんなして学園長なんだから……。先生なんだから、大人なんだからって……」
「あの……。明日も学校なんだからもうお開きにしませんか?」
「出た!学校なんだから!秀頼もそっち側かぁぁ!幻滅!」
「もう支離滅裂じゃないですか!」
会話と会話がもう繋がってない。
絵鈴とかいう謎の人の愚痴から、生徒への愚痴になり、俺へのお叱りと一貫性が皆無だ。
こんなに酒癖の悪い人だったのかと思いながら逃げ出したい気持ちになりながらも、首をロックされて立ち上がることすら出来ない。
「支離滅裂ぅぅ?秀頼ったらおもしろーい!」
「なにがぁぁ!?あんたが1番面白いですよ!」
頬を人差し指でぐりぐり弄られる。
な、なんなんだろうこの時間。
パッキーを食べて、コーラを飲み、冷静になろうとしたが残念ながらもう自分は冷静だった。