70、ダメな姉が出来た気分
「あわわわわっ!達裄さんだ、達裄さんだ!」
「なんで俺を盾にしているんですか?」
財布を漁ろうとしてレジに行こうとしていた悠久先生が何故か俺の背中に隠れている。
かの当人は顔を真っ赤にしている。
「てか、なんで知り合い来るんだよ……。俺、わざとプライベートの知り合いに教えてなかったのに」
「俺がここにいるってメッセージしたからですかね……」
「悠久、他の奴らに俺がここに出入りしてること公言するなよ」
「は、はいぃぃぃぃ!必ずっ!」
「…………」
緊張のあまりかなり小さくなっている悠久先生はあまりにも情けなかった……。
いや、生徒としてあまり触れまい。
「なんで達裄君は知り合いに知られたくないの?」
「秀頼の身内みたいにぎゃあぎゃあ騒がれるのが好きじゃないだけさ」
「じゃあ秀頼君の知り合いが溢れるの本当は嫌なの?」
「いや。弄られてる秀頼見るのは好きだよ。弄られる対象が俺にならなければどれだけうるさくても文句ないよ」
「君は陽キャの皮被った陰キャだよ」
マスターと達裄さんで男同士の話をしている。
そこへヨルがやって来て、「また明日な!」と声を掛けてくる。
「あと、悠久!秀頼を性的な目で見んなよ!」
「見るわけないでしょ……。彼は生徒なんだから……」
「まるで生徒を卒業した秀頼なら有りみたいなニュアンスじゃないか?」
「被害妄想が怖いわよ、あんた……」
立場的には親であるはずの悠久先生もヨルには強く出られないようだ……。
上下関係がすぐに察することが出来るのはなんて悲しいのだろう……。
なんか剣道部の徳川部長にこき使われていた自分と悠久を重ねて、自分も情けなくなる……。
「とっ!とりあえずマスターさん!お会計お願いしますっ!」
「っ!?」
「っ!?」
「っ!?」
「っ!?」
「なに?なんでそんなにみんなして驚いてるの?」
マスターさん、達裄さん、ヨル、谷川咲夜と悪いものを見たかのような目をしている。
え?
本気でどうしたんだろう?
「秀頼……」
「どうしたの?」
「お前、伝票もらったか?」
「あれ?そういえば伝票もらってないな……」
他のお客さんには伝票を渡していたのに、俺に伝票が渡されなかった。
よくよく考えれば、佐々木絵美や宮村永遠にも伝票が無かった気がする。
「そっか。そういうことも忘れたのか……」
「す、すまん……」
「とりあえずウチの知り合いのコネで金は貰ってない、そういう認識で大丈夫だ」
「え?え?あ、あの……」
咲夜から自信満々に告げられたが、そんなことあるの……?
顔色を伺うようにマスターさんへ顔を向けた。
「まったく……。そんなヘルプミーな視線を僕に向ける癖は相変わらず変わらないんだから。僕は君に多大な恩を感じているんだからそれくらい気にしないでよ」
「で、でも……」
──それは前の俺で、今の俺はあなたの娘の顔も名前も忘れた別人です。
そんな後ろめたい気持ちになったところへ、トンと背中を叩かれる。
「大丈夫。ウチはお前から貰われてやるから!」
「は、はぁ……」
貰われる……?
なんの話なのだろうか?
さっき話題になっていた俺の手料理の話かな……?
ポカーンとしていると、「さ、帰った!帰った!」と背中を押されてしまう。
良心が痛んだが、「早く!マッポが来る前に車に行くわよ!」と路駐しているらしい悠久先生に急かされる。
マッポって……、今日日聞かないぞ……。
「ごめんねぇ……。ウチの店、駐車場ないから……」
「いえ、大丈夫です!今度、車なしでこちらに伺いますから!達裄さん、一緒に来ましょうねっ!」
「みんなと一緒な時にならスタヴァ辺りで」
「いけずぅぅぅ!」
そんなやり取りをして、みんなに挨拶して店を出た。
店を出てすぐ、車通りが少ないところとはいえ路駐している悠久先生の大きい車があった。
2車線あるとはいえ、これは車の通行の邪魔になりそうだ。
車が来ないのを確認して、助手席に座る。
その隣の運転席に悠久先生が座ると、「楽しかった?」と尋ねてきた。
楽しいか、楽しくなかったか。
そう問われると、真っ先に1つの肝臓にたどり着く。
「楽しかったですよ」
「そっか。良かったね、秀頼」
「うわっ!?な、なんですか!?」
白魚のようにキレイな手を急に伸ばしてきて俺の頭を撫でてくる。
それに距離も近いからか、シトラスっぽい香水の匂いもして、ドキドキさせられる。
「なんか、自分の息子が出来たみたいで可愛く思えてきて」
「む、息子って……。息子にしてはでかすぎるでしょ。それにこの顔、可愛くないでしょ」
今日の朝、寝癖を直している時にじろじろと鏡を覗き込んだが相変わらずの悪人顔であった。
明らかにギャルゲーの親友役にしてはチンピラ過ぎた……。
「確かにデカイわね……。年齢も身長も。顔だってむしろ憎たらしい」
「やっぱりそうじゃないですか」
「でも、問題児ほど可愛いって言うじゃない」
「お、俺は問題児なんですか!?」
「記憶障害起こる生徒なんて中々いない……、どころかはじめてよ」
そりゃあ、確かにそうだろう。
俺だって、知り合いに記憶障害起こった奴知らないし……。
「それに、よく見たら秀頼も顔は良いもんね!目の保養になるわー」
「悠久先生は、面食いっすよね……」
「当然!」
「良い顔してるなー」
ふっ……、と悪い顔をしながら車を出発させる悠久先生。
美人で面倒見が良く、金持ちっぽいのになんでこんなに残念オーラが強いのだろうか……。
俺的には親しみやすくて、彼女が10若かったら全然有りだと思う。
「はぁぁ……。やっぱり達裄さんは格好良いなぁぁ……」
「違う恋でもはじめたら良いじゃないですか。職場に良い人いないんですか?」
「ギフト狩りがどうだの言ってるような奴らなんか対象外ね。でも、男子生徒はたくさんいるのよね」
「なにを生徒で恋愛対象を探しているんですか……」
『どんな教師だ』と思っていたが、そういえば中学の担任だった先生は教え子の女の子と結婚していたんだった……(ガチ)。
15歳とか離れてるとかなんとかの年の差があったとか聞いたことある(ガチ)。
「因みにお眼鏡にかなう生徒はいますか?どんな人が好みなんすか?」
「イケメンで、なんでも出来て将来有望で、運動神経抜群で、成績良くて、コミュ力あって、交遊関係が広くて、料理も作れて、優しくて、会話していて楽しくて……」
「欲張りセットじゃないですか……。居ないですよそんな奴」
「え?あれ?」
「ど、どうしたんですか……?」
「あ!」となんか思い付いたように口を開く。
ちょうどそこで赤信号になり、くるっと俺に顔を向けてきた。
「なんすか俺の顔見て?ちゃんと前見て運転してくださいよ」
「あっ。いや!なんでも!ないない!それはない!」
「失礼だな!」
人の顔見ていきなり『ないない!』は地味に傷付く。
なんかほっとけない先生なんだよな……。
自分にダメな姉が出来た気がして、悠久先生と会話するのも楽しいと思う自分がいた。