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68、宮村永遠の誘導

心の中心にぽっかりと穴が開いたような気分になりながら椅子に座ったままになる。


普段はいつも部屋に籠ってギャルゲーをしまくっているオタク。

孤独なんか慣れているだろうに……。


「………………はぁ」


佐々木絵美にも、宮村永遠にも、ウチっ子……じゃなくて谷川咲夜にも悪いことをしてしまった。


「ごめんね。みんな……」


賢者タイムのような、死にたい鬱になりながら自分でも覇気のない声だとわかるような弱々しい謝罪をしてしまう。


「全然気にしないよ!」という絵美が健気に笑ってみせる。

彼女が愛おしい……はずなんだ。

その感情が思い出せないのが酷く歯痒くて、両手で拳を作ってしまうくらいに自分を殴りたい。


「気にするな秀頼。ここはウチの(ウチ)だ。好きなだけ騒いでも文句言わないぞ」

「なんですか、そのつまんないダジャレ?」

「ウチ、狙ってないぞ!?」


宮村永遠と谷川咲夜がそんな風に和ませるような漫才をしている。

ウチの(ウチ)……?

ここは谷川咲夜の実家なのか?

つまり、マスターさんの娘という認識で良いのか?


「…………」


さっき、谷川咲夜はマスターさんを『マスター』と呼んでいた気がするが考えないことにした。


「落ち着いた?落ち着いたねー、秀頼君?」

「うん。ちょっとだけだけど……」

「ほら、絵美。水飲ませてやれ」


いつの間にか移動したのか、厨房に籠りっきりだったヨルがテーブル席の目の前に立っていた。

絵美がコップを受け取ると、「ありがとう」と返した。


「ほら、秀頼君。とりあえず落ち着こうねー」

「絵美もヨルも……。ありがとう……」


コップにほぼ満杯になったお冷やを受け取り、一気に飲み干す。

底に大きい氷2個とちょっとだけ水が残ったコップをテーブルに置く。

喉が冷たい水で潤うと、ようやく心に余裕が生まれる。


さっきまであたたかいエスプレッソしか摂取していなかったので、水と氷の冷たさに妙な安心感があった。


「ふぅ……」


涙も乾いたが、少し泣いた後の目のぼやきは治らない。

今、自分の眼は赤くなっているんだろうと思うと恥ずかしい。


「みんなは何を考えているかはわからないが、焦るな秀頼」

「……うん」


谷川咲夜の言葉に素直に頷く。

ヨルやみんなの気持ちに応えたくて、記憶を取り戻すことに焦っていたかもしれない。

いけない、いけないと胸に手を当てて深呼吸をする。


「でも、やっぱり完璧な人なんていないんですよ秀頼さん」

「え?」

「いつもあなたは私たちの前では強くあろうとしてくれていました。そんなあなたが、弱くて情けない姿を晒してくれて嬉しいんです。──たまにはあなたを頼るんじゃなくて、頼られたいんです」


弱くて情けない……。

憧れの永遠ちゃんにそんな態度を見せたことは、豊臣光秀一生の不覚レベルのやらかしである。


「あ、ありがとう宮村さん……。そう言ってくれると嬉しいよ」

「…………」

「な、なに?」


少しだけ、宮村永遠は眉を潜めた。

なにかが気にくわないと思ったのだろうか。

お、俺の存在?

……というわけでは無さそうだが、若干不機嫌になっている。


「さて、秀頼さんに問題です」

「え?いきなり?」

「私は今、すごぉぉぉぉぉく心が傷付きました。なんででしょうか?」

「え、えっと……」


俺が1番敏感に引っ掛かったところである。

なんで?と言われても、俺がなんでである。


「秀頼さーん?なんでー?秀頼さーん?答えまだー?」

「あーあ、秀頼の奴永遠の地雷踏んだな」

「永遠はこういうの敏感ですからね。わかる秀頼君?秀頼きゅぅぅぅん?」

「…………」


みんなしてやたら名前を連呼してくる。

秀頼は1人しか居ないんだぞ……。


「あ……、呼び方で不機嫌にさせちゃったってことかな……?」

「えっ!?」

「ウソっ!?」

「気付いてくれましたか秀頼さん!?」

「そこまで名前を連呼されたらわかるよ」

「ふっ。さすがですね秀頼君!」


考えればわかる。

何故なら俺はギャルゲーを熟知しているギャルゲーマーだから。

ここがギャルゲーの世界だというなら、ラブコメマンガやギャルゲーの常識に当てはまるとストンと答えが出る。


「敬称があることが嫌なんだよね。宮村、で良いのかな?」

「全然違うじゃないですか!」

「え?」

「そっちじゃないんだよなぁ……」

「さすがですね秀頼君……」


女性陣からは呆れの声が上がった。

佐々木絵美なんかさっきと同じことを呟いているのに、意味がまったく違う意味になっていた。


同い年だからちゃんとかさんを付けるなという意味だと思ったのに……。

残念ながら、俺のギャルゲー知識を生かして無双するようなことにはならなかったのである。


「じゃあ、心の底から私にアダナを付けてください」

「え?宮村さんに俺がアダナを付けるの?」

「はい!頑張ってください!」


そんなこといきなり言われても……。

ゲームの公式PVだったか公式サイトのルビで誤字ってそれが通称になっていた『エイエンちゃん』しか出てこない。

俺も『エイエンちゃん』呼びで応援していたが、あれは不本意な呼び方だぞ?

良いのか?

あれで良いのか?


侮辱にならないように、自信なさげに「エイエンちゃん?」と呼んでしまった。


「大正解です!やっぱり秀頼さんは秀頼さんです!」

「あ、当たりなんだ……」

「私はずっとあなたに『エイエンちゃん』と呼ばれていたので、そう呼んでください」


永遠ちゃんが嬉しそうにお願いするので、「わかった」と遠慮がちに頷いた。

なんやかんや3人と雑談していると心が安らんでいき、楽しい時間を過ごせた。


「今日も家に帰れないの?」

「とりあえず記憶戻るまでは悠久先生の家で寝泊まりすることになってる……」

「記憶戻ったら秀頼君の手料理食べさせてもらいますからね」

「え?」


絵美がそうやって要求すると、「ウチも!」「私も!」「あたしも!」「じゃあついでに俺も」と4つの声がする。


「よ、ヨルに達裄さんまで……」

「いつもいつも作ってばかりだ。たまには作ってくれよ」

「俺は冗談よ。男の手料理は店で出されたものしか食べないんだ」


作るとも言ってないのに、作らなくてはいけない流れになっていた……。


「…………」


何人ぶんのクックドォが必要になるんだろう……?

料理のレパートリーを増やす決心をするのであった。

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