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65、一ノ瀬楓は食べて欲しい

「いらっしゃい」とマスターさんが新しい来客に微笑んで接客をする。

ちらっと来客を横目で見ると短いショートカットをした黒髪美人であった。

どことなく見覚えがある気がしたが、凝視するのも悪いのでお代わりされたエスプレッソの液体をちびっと口に含んだ時だった。


「明智君っ!」と彼女に呼ばれて吹き出しそうになるのを堪えて、出入口から入ってきた女性に目を向ける。


「え、えっと……」

「私のこと覚えてる!?昨日悠久先生から明智君が記憶障害と連絡もらって気が気じゃなかったの!私、一ノ瀬楓よ!楓よ!」

「は、はい……。じ、自己紹介ありがとうございます……。明智秀頼です……」

「明智君が来てる連絡ありがとうねヨルちゃん!」

『良いってことよ!』


厨房の方からヨルのドヤドヤのドヤ顔をしているであろう彼女の声がした。

一ノ瀬楓で思い出した。

やっぱり『灰になる君へ』で真っ先に殺害される一ノ瀬楓で間違いない……。

エロとグロを見せ付ける最期だけで、彼女の人気はとても高いのだから。


「マスターさん、私ブレンドコーヒー」

「ありがとうございます」


そんな感じで馴れた感じに一ノ瀬楓さんもコーヒーを注文すると俺の隣のカウンターに座る。

初対面のイケメンと初対面の美人に挟まれるカウンターというわりと居心地が悪く、くつろげないスペースになってしまった……。

──の割りに店内はすごくガラガラです……。


「明智君……。私のことも全然覚えてないの……?」

「す、すいません……。い、一ノ瀬さんと自分はどんな関係だったのかも……」

「そっか……」


楓さんが気落ちしたように悲しげな目を向ける。

そんな表情を見てズキンとして胸が痛い。


「なんだよ、秀頼。こんな美人さんのことも記憶に無いのかよ」

「うぅ……。すいません……」


一ノ瀬楓という名前だけは知っているのがややこしい記憶障害である。

達裄さんに弄られながら、両方に申し訳なさがいっぱいになる。


「あれ?そちらの人は明智君の知り合いですか……?というか、え?」

「ん?あ……」


俺を挟んだ達裄さんと一ノ瀬さんが目と目が合った。

しかし、その反応はどちらも意外なものを見たというようなトーンであり、第3者の俺から見てもとても初対面な反応には見えない。


「し、知り合いですか?」

「知り合いというか……。私のバイト先によくリーフチャイルドと一緒に付き添っている常連さん」

「り、リーフチャイルド?」


スターチャイルドじゃなくて?

リーフチャイルド?

わ、わからない……。

アイドルかなにかの名前なのかな?


「たい焼き屋のバイトちゃん、だよね?」

「そ、そうです!ず、ずっと聞きたかったんですけどリーフチャイルドとはどんな関係ですか?」

「兄だよ、兄。スキャンダルじゃないから」

「うぇぇぇ!?あ、明智君はリーフチャイルドのお兄さんと知り合いなの!?」

「秀頼は俺もだが、リーフチャイルド本人とも知り合いだぞ」

「ねぇ!?君の人間関係どうなってんの!?」

「し、知りませんよ……」


むしろ、自分の人間関係が多過ぎて顔と名前が一致していないくらいなのだ……。


「た、達裄さんはたい焼き屋によく行くんですか?」

「ん?あぁ、近くの十神病院にリーフチャイルドのファンの身体が弱い子の見舞いに行ってんだよ。その子がたい焼き好き過ぎてたい焼き中毒者なの」

「あのたい焼きにはそんな感動秘話があったんですね!」


楓さんが食いついたように達裄さんにキラキラした目を向ける。

しかし、彼はちょっと複雑そうにしていた。


「いや、そうだと良いんだけどね……。彼女は謎の病気でまともに食事も出来ないよ……。たい焼きが大好きだってのに可哀想な子だよ……。もう、どれくらい持つか……」

「そ、そうなんですね……」

「良いんだ。彼女が元気になったら飽きるくらいにたい焼きを食べてもらうさ」


まったく知らない話をされても……。

十神病院って十文字タケルと十文字理沙の父親が院長先生をしているみたいな設定だっけか?

アニオリで追加された謎設定だから記憶に残っている。

そしてたい焼きに謎の病気の子か……。

セレナを思い出す単語だ。

まぁ、セレナ以外にもそんな子たくさんいるんだろうけど……。


「一ノ瀬さんはたい焼きでバイトしているんですか?」

「一ノ瀬さんなんてやめて。楓で良いよ」

「はぁ……」


俺に釘を刺すように言うと、「そうよ」と返事をしてくれる。


「あ!そうだった!明智君にたい焼きを食べてもらったら記憶が蘇ったりするかなって思ってたい焼き持ってきたの」

「それ、ちょうどさっきヨルさんがやってたやつだね」

『さすが楓!あたしと考えることは一緒だな!』

「そんな意図はないけど……。あとは純粋に食べて欲しかったから」


ミルクたいと印刷された髪袋を楓さんに渡されると俺はそれを受け取った。

「良いの?」と聞くと、「うん!」と嬉しそうに返された。

すでにコーヒー2杯弱とオムライスを食べて結構満腹に近付きつつあるが、彼女の食べて欲しいという気持ちに応えなければと思うと手が動く。


「味は私の大好物のスイートポテトだよ。明智君が美味しいってラインくれたしね!」

「へー。スイートポテトのたい焼きですか」


全然記憶にないのだが、はじめてのたい焼きの味にワクテカさせながら口に入れる。


「いただきます」と言ってから、たい焼きの頭の部分からかじる。

最初の一口は皮がパリパリとしていてとても美味しい。

ただ、中身のスイートポテトにはたどり着けずに二口目を口にする。


「あっ!?この芋の甘味がクリームと混ざって美味しい!」

「本当!?よかった!」

「うっ……」

「どうしたの明智君!?」

「あ、頭が……。記憶が……」


記憶の扉が徐々に開いてくる。

これは……、楓さんとの記憶……?


「ど、どんなことを思い出したの!?」

「これは……、初対面の時……」

「初対面……?」

「めちゃくちゃ楓さんが俺を嫌っているように睨み付けてます……」

「余計なこと思い出さないでぇぇぇ!あれは忘れてっ!?他は!?」

「あ……。それだけです……。め、めっちゃ怖い目で睨んでます」

「やめてぇぇぇ!もっと良い思い出を思い出してぇぇぇぇ!」


楓さんが恥ずかしそうに俺の身体を揺らすが、残念ながらそんな記憶しか思い出せなかった。

明智秀頼は初対面でまだなにもしていない状態で睨まれるというクズ男っぷりを再認識した瞬間であった。


『やっぱり悪さは出来ねぇもんだな楓!ははははは!』

「なんで笑ってるのヨルちゃん!」

「初対面の印象最悪仲間が出来て嬉しいんだろうね……」

「なんか秀頼が可哀想になってきたよ」


店内はカオスな空間になっていた。

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