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63、明智秀頼の思い出の味

ヨルが俺のエスプレッソを注文すると、それからすぐに厨房の方へ引っ込んで行ってしまった。

自然とこの店に残されたのは俺と、イケオジマスターの2人だけという気まずい空間だった。


「…………」


てか、なんで喫茶店に誰もお客さんがいないのよ!

スタヴァとかドトトールとかは平日でも常に客が途絶えないのに!

そういう大手のところと比べてはいけないのはわかりつつも、さすがに1人だけ店内というのは貸し切りみたいでソワソワする。


「あの……、すいません。ここ、今貸し切りしているわけじゃないですよね?」

「純粋にこの時間は暇な学生しか来ないだけだよ。というかお客さんが店の心配すんな」

「は、はい……」


単に客が入らないだけらしい。


「ははっ。記憶無くなっても僕の店の心配してくれてるってか。面白いよね、君」

「え?」

「よく秀頼君に店内がガラガラとか弄られたものだよ。弄りつつ、常に僕の心配してくれてるよね」

「そ、そうなんですかね……?」

「大丈夫、潰さないから」


マスターさんが嬉しそうにしてくれているが、その好意を俺がもらうことに抵抗がある。

彼にその好意をぶつけてくれたのは俺じゃない俺なのだ。

してもない思いやりの感謝をされて、反応の返し方がわからない。


「それにね、君がこうして座っていると誰かしら入って来るんだよ」

「そ、そうなんですか?」

「秀頼君はこの店にとって招き猫みたいなもんさ。あ、ほら人影が見える」

「え?」


喫茶店の出入口の扉のガラス面から確かに人影のようなものが映る。

なるほど、こうやってお客さんが入るのが見えるんだと店員さんになった気分になると、カランコロンとベルの音と共にストレートパーマのイケメンな兄ちゃんが入って来る。


うわっ、かっけぇ!


男である俺でも、そう感じざるを得ないくらいにすっげぇ色気を漂わせたイケメンが入店してくる。

乙女ゲーの攻略対象者かと思わせるくらいに目が吸い込まれる。


「いらっしゃい」

「ちーす。あ、今日は秀頼来てるじゃん。なんだよ、この3日くらい全然連絡してくれないじゃん。死んだかと思った」

「え?」


何故かそのイケメンは馴れ馴れしく俺に話しかけると、その隣に座ってきた。

こ、このイケメンはなんなの!?

お、俺と知り合いなんですか!?

芸能人のイケメンが霞むくらいのイケメンをはじめて見て、俺は乙女のように脳内でアドレナリンのようなものが分泌しまくり、興奮が止まらない。


「ん?どうしたの?」

「虐めないでよ達裄君。彼、記憶障害で記憶ないんだってよ」

「ははは、草」

「お、俺の扱い軽すぎませんか……?」


マスターさんからも、このイケメンからも記憶障害に対するコメントが雑過ぎる……。


「え?マジ?俺のこと覚えてない?」

「す、すいません……。残念ながら……」

「え?ヤバいじゃん。記憶を思い出させないと」

「それをヨルちゃんが実践しているところ」

「へー。あのバイトの姉ちゃんが……」


彼もこの店の常連客らしく、ヨルのことも知り合いのようだ。

親と食事する際に一緒に連れられたはじめて入る居酒屋で知らん常連客が店主と仲良く最近のニュースについて語り合った場面を思い出す。

あの初見さんお断りな空気をまさに感じつつある。


「はい、秀頼君。エスプレッソだよ」とマスターさんが俺の目の前にコーヒーを置いてくれる。

「ありがとうございます」とお礼を告げると、「ごゆっくり」と返される。


「俺も秀頼と同じの」

「エスプレッソね。かしこまりましたー」


隣に座った達裄さんも俺と同じコーヒーを頼んだようだった。

コーヒーに口を付けようとしたところに、「待ったぁぁぁ!」というヨルの声がして手が止まる。


「え?な、なに?」

「ただコーヒーを飲むのじゃダメだ!よいしょ」

「え?なにこれ?オムライス?」

「あぁ。コーヒーとオムライス。よくお前がこの店で食べるセットだな。この2つを同時に摂取することでお前の脳に刺激して記憶を蘇らせる」


確かに、実際にありそうな記憶の蘇らせる方法のような気がする。

親しんだ味を思い出させるやり方なのだろう。

果たして、そんなに上手くいくのだろうか……?


「い、いけるか?記憶、復活いける……?」

「大丈夫だよ。明智は知らないだろうが、コーヒーにはカフェインが入ってんだよ。カフェインってのは脳を覚醒させんだよ」

「カフェインは知ってますよ!?」

「別にカフェインは眠気覚ましとかで脳を覚醒させるだけで、記憶を復活させるような覚醒では無い気が……」

「秀頼の頭叩いた方が可能性高そう」

「はい、そこの野郎3人!うるさい!」


ヨルのピシャッとした強い口調に3人共シュンと小さくなる。

「とりあえず実践だ!」と言うと、ヨルが「飲んで、食べろ!」と男らしく言い放ってくる。


最初は『飲んで』と促されたので、味の調整をしてコーヒーを一口飲み込む。


「んっ……!?」

「お?どうだい秀頼君!?」

「まだまだだぜ、マスター!さぁ、明智!次はオムライスだ!」

「んんっ!」


コーヒーを半分ほど、オムライスを10口ほど食べた。

なんだろう……。

この懐かしい感じ……。

舌がこの味を欲していたような気がする。


「なんか……、色々思い出してきた……」

「大丈夫か?なんかふざけてる時と同じしゃべりの切り口だけど……」

「まだ全部を思い出したわけじゃないけど……。ちょっとずつ記憶が蘇ってきます」

「来てるんじゃない?来てるんじゃないのこれ!?」


イケメンの兄ちゃんがテンションを上げて、テーブルをバンバン叩いている。


「コーヒーにわかを殺すゲーム……」

「あったな、そんなの!よく覚えてたな、そんなの!?」


マスターさんが淹れたコーヒーから、おぼろげにそんな単語が頭に入ってきた。


「ヨルのことも少し思い出した……」

「ほんとうか……?」


そうだ。

ヨルとも思い出があったんじゃないか……。


「あぁ……。初対面時にナイフを持って俺に脅してきた……」

「だからぁ!変なのばっか思い出してんじゃねぇよ!他は!?他!?」

「別に……。それくらいしか思い出せない……」

「このポンコツ脳ミソ!」


ヨルからまた殴られそうになるが、マスターさんから「まあまあ」と宥められる。

記憶という記憶はまったくないが、『コーヒーにわかを殺すゲーム』という謎の単語とヨルの初対面の時の怖かった思い出だけかすかに脳に焼き付いた。

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