60、仮面の騎士は忘れられる
それから朝のホームルームになり、若そうな女性教師が入って来る。
俺のクラスで担任を任せている先生は星野先生と悠久先生から聞かされていたのでこの人がそうなんだと確信する。
朝イチそうそうに真面目そうな顔をした彼女は、じっと俺の顔を見ると話をはじめた。
「はい!みんなに連絡!このクラスの明智君ですが、記憶障害のギフトにかかったようです。クラスのみんなのことを誰もわかっていないようなので、仲良くしてあげてくださいね」
「えーっ!?また変なギフト喰らったのかよ明智っ!?」
「明智先生!?俺のことわかんねーのかよ!?」
「明智君!?女になった次は記憶障害!?」
「だから今朝、明智氏は教室がわからなかったでござるな!ワイにも言ってくれたら力になったのに!」
「静かに!静かにしろっ!アホ共っ!」
教室がざわざわとうるさくなってきたところに星野先生が制止させた。
しかし、クラスのほとんどの人が俺に興味津々の目を向ける。
完全に転校生を見る目になっている。
「えー?本当に記憶障害なの秀頼?全然記憶ないのぉ!?」
「う、うん……」
隣の席に座るアリア様から驚いたように尋ねられた。
さっきのアリア様の軽口が実現したのだが、本当に悲しんでくれているのかはわからない。
「あと、今日の男子体育の基礎熱血マッスル先生が出張なので男子のみ教室で自習になります」
「えー!?」
「嘘だぁぁぁぁ!」
「この世の終わりぃぃぃ!」
「リアクション芸人しかいないのかウチのクラスは!静かにしてっ!」
男子から唯一身体を動かせる授業の体育が消えてしまい、だいぶ顰蹙を買っていた。
わりと俺の記憶障害よりも、男子全員体育が潰れたニュースに話題が持っていかれた気分になる。
自分なんかそんな程度の存在だよな……と、悲しくなりながらホームルームは終わった。
─────
「明智秀頼」
「な、な、な、なんですか仮面の人……」
ホームルームが終わると、真っ先に俺の元に現れたのはアリア様の護衛をしている謎の存在の仮面の騎士であった。
いきなりこんな常にオペラ座の怪人を演じているような奇人に話しかけられると、ビビるなという方が無理である。
「記憶障害……。記憶喪失という捉え方で良いのか?」
「た、多分……」
記憶喪失というには、豊臣光秀時代の記憶はまだ鮮やかに記憶している。
中2の時にインフルエンザになった際に死にかけながらお昼にやっていたテレビ番組の『笑ってええとも』テレフォンコーナーのゲストすらまだハッキリくっきり覚えているものだ。
果たしてこれを記憶喪失と呼称して良いのか疑問が残るところだ。
「じゃあ、私の顔や本名すら覚えてないのか?」
「は、はい……。覚えてないです……」
というか前の俺は仮面の中身の顔も、彼女(で良いのか?)の名前も知るような仲だったのか。
俄然、仮面の騎士さんの正体が気になってくるではないか。
「授業のことがわからなかったら遠慮なく隣に座るあたしに聞いても良いわよ!」
「あ、ありがとう……」
アリア様の粋な計らいで、勉強のことなら教えてくれるようだ。
数学や現代文の授業などは大体頭に入っているが、どうしてもギフトの授業はわからないからな……。
そういう時に、アリア様の頭脳を借りることになりそうだと思いながら、1時間目の授業であるギフト総合の準備に取り掛かった。
こんな感じでわからないことはフォローされながら、授業が進んでいく。
俺に記憶障害があっても、つつがなく授業が平気で進行していくのも『1人だけのために他のクラスメート巻き込めるかいボケぇ!』という教師陣の優しくない意図が透けて見えてしまっていた。
そこは仕方ないか……。
俺が教師だとしても同じく、平気で授業をするだろうし。
今日1日のカリキュラムが終わる頃には、自分の席で燃え付いていた……。
「授業がわけわかめ……」
返ってきた小テストは90点代とそこそこ成績をキープしていたはずなのに、教師陣の授業にまったくついて行けなかった。
テスト内容と、理解出来てなさのギャップからカンニングでも疑われそうなレベルである。
自分の字で何の説明をしているのかさえよくわかっていなかった。
「考えるのやーめた!今日も悠久先生が仕事終わるの待とうっと」
結局、授業をしていても記憶が戻ることはなく1日の学校が終わってしまった。
このまま一生記憶が戻らないまま、悠久先生の居候になってしまうのかという疑問は尽きない。
「まぁ、悠久のところに行くの待てよ明智」
「あ、ヨル」
「お前の記憶を呼び覚ますためにあたしは色々試さなきゃならねぇんだ」
「ふーん。大変だね」
「当事者お前だからな!?自分のことになると他人事になるところが本当に明智だな!」
他人事になるところが本当に明智ってこれは褒めているのか、貶しているのか……。
多分後者だと思われる。
「どうせ悠久の仕事終わりなんて時間かかるんだ。どうせならあいつを待つ間にこの放課後を使ってまた色々試すぞ」
「そっか。とりあえず部活行くわけだな」
「今日は文芸部は活動してないぞ。週に2回しか活動しないんだから」
じゃあ、部活しないならどうやって時間を潰すのか。
眉を潜めながら、眼力で訴えるとヨルに通じたのか俺を励ますように背中を叩いてきた。
「お前が大好きなあたしのバイト先に連れてってやるよ」
「…………え?良いの?」
「あたぼうよ!てか、お前よく来るじゃん!」
そういえば、ヨル・ヒルって喫茶店でバイトしててよくタケルが出入りしている描写がゲームにあったな。
まさか、明智秀頼もよく出入りしているなんて設定は知らなかったが……。
こうして、ヨルのバイト先に行くことに決まった。