59、アリアは虐める
こうして、思い出もクソもない第5ギフトアカデミーの2年1組の自分の席で誰からも話しかけられないように小さくなりながら、ホームルームの始まりを待つ。
「ふーっ……」
まるで転校生かなんかだなと自分の置かれた状況を冷静に判断する。
…………ん?
2年1組?
俺は2年生だったのか……。
そう言われてみれば、数人から先輩と呼ばれていた気がする。
しかし、そうなると佐々木絵美が2年生なのに生存しているのはどういう流れなのだろうか?
絶対に1年生のファーストシーズン終了時には何かしらの理由で死んでいたはずだ……。
「…………!?」
まさか、この世界のタケルは有能なのだろうか!?
絵美を殺さずに2年生進級という偉業を成し遂げたとすれば……、辻褄が合う。
へっ、やるじゃねぇか十文字タケル!
敵役だけど、俺はアンチ明智秀頼だから応援してるぜっ!
昨日会ったサッカー部のイケメンと会話している彼にエールを送っておく。
「おっはよ!秀頼!」
「おはようございます明智秀頼」
「…………え?」
完全に心が油断していると、自分の名前を呼ばれてドキッとする。
俺のお隣さんから呼ばれたのかと思い振り返る。
一応にこやかに「おはよう……」と出来る限りの笑顔を浮かべる。
「何その取り繕った笑顔っ!」
「イデッ!?」
隣の席の金髪美女から輪ゴムが発射され、額にクリーンヒットする。
輪ゴムのような体積が小さいものが一点集中で与えるダメージは地味に痛い……。
「な、何するんですか!?」
「秀頼があたしによそよそしいなんて生意気!」
「え?」
「そんな意地悪する秀頼なんか1回記憶を失っちゃえば良いのよっ!」
プリプリと怒った隣の席の少女は朝からなにやら不機嫌そうだった。
……って、この女っ!?
もう1人のメインヒロインのアリア!?
この国の姫様であり、圧倒的人気を誇るアリア様じゃないか!
ちょっとサディスト的なところがマゾの人気を集めているとかなんとか……。
まぁ、俺はサディストでもマゾヒストでもないのでそういうことの理解はよくわからないのだが……。
「ふふっ。本当に明智秀頼が記憶を失えば悲しむクセに」
「うるさいわよっ、アイリ!」
しかも彼女の側には仮面の騎士が控えている。
オペラ座の怪人のファントムとして登場するような無機質な仮面の長身の人物はアリアに対してそんな軽口を叩いている。
あ、あの人の顔の中身とか全然明かされなかったけど誰なんだろう……?
え、リアル仮面の騎士怖すぎでしょ……。
まさか、俺の隣の席がファイナルシーズンのメインヒロインのアリアだったなんて……。
い、嫌な予感しかしない……。
明智秀頼とアリア様の相性は当然ながら最悪。
現にさっき輪ゴムを飛ばしてきて悪びれもしない程度には俺を嫌っているようだ。
敵が多すぎるぞ、明智秀頼……。
明智秀頼の記憶喪失に対して悲しむというのも、おそらく彼女が俺に対して虐めてきた恐怖が惜しいということか……。
なんて恐ろしい女だ……。
アリアの目がタカのように鋭く見えてしまう。
逃げ出したくなっていると、「おいっ!」と俺の机をバンッと叩かれる。
「は、はい!」
「よぉ、明智」
「お、おはようヨル……」
モテモテだなぁ、明智秀頼……。
赤髪のポニーテール少女のヨル・ヒルが八重歯を向きだしにし、不機嫌さを隠さないで俺のところに来る。
め、メインヒロイン2人が俺を脅しに来ている。
「ど、どうしたの?なんで、そんなにご機嫌ナナメさんなの……?」
「五月雨の野郎、全然捕まらないんだぜっ!あーっ、クソっ!」
さ、五月雨茜はどうやらヨルから逃げ切っているようだ……。
俺も逃げたいし、彼女が逃げたくなる理由もよくわかってしまう。
「昨日はどうだったよ?相変わらずか?」
「あ、相変わらずだよ」
「チッ。治ってないか……」
舌打ち怖いよ、ヨルさん……。
俺、舌打ちなんて死にゲーしている時しか出したことないんだよ……。
「昨日どうかしたの?」
「またこいつが面倒ごとに巻き込まれたってやつだよ」
「秀頼って面倒ごと似合うよねー」
「面倒の星の下に生まれたような人間だからな!」
メインヒロイン2人が俺の不幸に笑っている。
他人の不幸を笑う女、しかも本人に隠そうともしないってこの2人をメインヒロインに設定した桜祭ってライター、相当歪んでるな……。
「あっ!秀頼君、昨日大丈夫だった!」
「秀頼様!美鈴はずっと昨日心配で心配で仕方ありませんでしたわ!」
「師匠!」
「明智さん、今日はきちんと眠れました?」
佐々木絵美、深森美鈴、俺を師匠って呼ぶ人、島咲碧の4人をはじめ色々な人が周りに集まってくる。
なんだ、なんだ?
昨日の部活同じ人たちが俺を取り囲むようにしてきた。
「だ、大丈夫だから!安心して!」
「本当かぁ?なぁ、秀頼?」
「なんかしたん明智?」
十文字タケルに、サッカー部のイケメンも混ざってきた。
他にも来栖さん……ではなく津軽円とかたくさん周りにいるのだがもう把握出来ない。
「昨日は学園長先生の手作り夕飯でも食べたのかよぉ!?あの先生、普段なに喰うんだよ!?」
「べ、別に普通のもの食べたよ。それに悠久先生の手作り料理なんか食べてないし」
「そうなん?」
からかってくるような十文字タケルの言葉を否定する。
考えてみれば、朝はヨーグルトしか食べてないし、悠久先生の手作り料理は何も口にしていない。
「まさか出来合い?」
「秀頼さん、冷凍食品でした?」
「秀頼君、カップ麺とかばっかり食べてないよね?」
「ぜんぜん違うよ……」
三島遥香、宮村永遠、佐々木絵美と何故か悠久と俺が食べたものが気になるらしい。
栄養の偏りとか心配されてるのかな……?
「ただ、簡単に俺が料理しただけだよ!みんなが期待するような面白い話なんなないから!」
「…………」
「…………」
「…………」
「あれ?」
何故かみんな目が点になる。
どうしたのだろうか……?
この冷えた空気がなんか怖い。
「秀頼君、悠久先生に手料理を作ったの?」
「え?え?」
なににみんなは不機嫌になったの?
困惑した時に、ホームルームがはじまる時間の5分前のチャイムが鳴る。
数人が苦虫を潰したような顔をしながら教室から出て行く。
佐々木絵美やヨルなんかはシリアスな顔をして自分の席に戻って行く。
みんな各々が散っていき、一安心である。
しかし、なんか遺恨が出来た気がする。
誰もお前の手料理なんか興味ねーよ、みたいに引かれた空気はトラウマになりそうだった……。