55、近城悠久の自宅
学園長先生の自宅で1日過ごすことが決まったわけだが、当然彼女が帰らないと家に入れないこともあり俺はまだ学園長室にこもっていた。
ヨル・ヒルから「部室にあったお前の荷物」と雑に置かれたカバンを漁りながら学校の授業で書き写したノートが数冊入っている。
「どう?自分の私物を眺めてなにか記憶に変化は?」
「そうですねー……」
椅子に座り、ノートパソコンに向き合う学園長先生。
『この仕事が終わるまでもう少し待っててね』と、彼女の仕事が終わる待ちをしていた状況であった。
「なんか自分の字で書き綴った文字の中身がわからないって違和感凄い……」
「へぇ。確かに不気味ね」
「記憶障害になった気分ですね」
「ガッツリ記憶障害になってるのよあんた」
「呑気ねー」と、苦笑させられてしまう。
筆跡は豊臣光秀であった俺の字なので、見覚えがありすぎた。
だが、俺の字で『ギフト心理』など見慣れない単語が書かれてあるのが奇妙な気分にさせられる。
「なんなさ、落書きとかで記憶が蘇ったりしないの?」
「落書きですか……?」
確かに落書きでノートに変なのを書く癖はある。
ノートの中身はあくまで授業内容だが、落書きの中にプライベートな情報が含まれればもしかしたら記憶を思い出す断片になるかもしれない。
「あっ!?ありました落書き!」
「おっ?どう!?どんなこと書いてる!?」
「天狗の頭の上にピ●チュウが乗ってる絵です!」
「授業中にどんな絵書いてるのよあんた……」
「凄い……。自分、思ったより絵心があるみたいです」
「そんな自画自賛、知らない」
他にもぬりかべがたこ焼き食べてる絵など、妖怪の絵をコミカルに描いた落書き絵が数個出てきたが全然記憶を呼び覚ますようなことが起きなかった……。
「そんな都合良く行くわけないか……」と、学園長先生の苦悩した呟きが頭に入ってきた。
「よし。仕事終わったわ。帰るわよ秀頼」
「は、はい……」
既に周りには野球部やサッカー部などの掛け声は聞こえなくなっていた。
運動部の生徒はもう帰ったのだろうと19時を回った壁時計を見上げながら帰る支度をしていく。
職員室にはまだ何人か残っているようで、教師の仕事は大変だなぁと尊敬してしまう。
もちろん、学園長先生も尊敬に値する人間だと思う。
それから白い高級車の助手席に座らされて、運転席に彼女が座り発進した。
車から自宅まで15分程度離れているらしく、遠すぎず良い距離だと感想を抱く。
「そういえばスマホはどう?」
「あー、スマホありましたね。ちょっと他人のスマホみたいで触るのが躊躇っちゃって……」
運転しながら学園長先生の言葉で、制服のズボンに突っ込んだスマホを取り出す。
指紋認証の出来るスマホなので、人差し指をスキャンすれば開けられるだろうがあえて俺は数字のパスワードに挑むことにする。
「えーっと……。俺が設定するパスワードは……」
自分のスマホのパスワードは絶対にコレと決めた数字がある。
意味はない数字の羅列。
ただ、俺の豊臣光秀時代のスマホでパスワードに設定した数字を入力していった。
「ふっ……」
こういうところが俺だな……。
自分のことは自分はわかっているというが、こういう自分の残骸を簡単に拾えてしまうとあながち間違いではなさそうだ。
「あら?今の鼻の笑いかたはビンゴね」
「そうですね。自分がここに居たんだなって嫌でも痛感しますよ」
「そ。……あんた、記憶が曖昧なわりにかなり強い自我があるわね。記憶障害だけど、あるところを境に記憶が途切れてないでしょ」
「え?」
学園長先生が信号で止まったタイミングで見透かしたように言う。
変に鋭くて驚いてしまい、スマホを持つ手が止まる。
「しかも、家の場所もわからないくらいに記憶が無いのにあんたの接し方は明らかに教育をされた人格みたい。記憶障害には言語や常識だけは残っているものもあるらしいけど、秀頼のはそういうのじゃあ無さそうだし……」
「う……」
「なんか秘密があるのよね。……ま、別に暴く真似はしないけど」
「ありがとうございます」
「気遣いじゃないから。干渉が面倒なだけだからお礼を言わなくて良いわよ」
「はい」
学園長先生なりの優しさなんだろうなぁ……。
不器用な人だなぁと思いつつ、俺はその感謝を喉の奥へと飲み込むことにした。
「うわっ、滅茶苦茶ライン来てますよ」
「へぇ、どのくらい?」
「全部で50通以上ですね……」
「来すぎでしょ」
なんだこのリア充ラインは?
本当に俺のスマホなのか心配になり、ラインを開かずにツイッターを立ち上げた。
リアル本能寺。
フォロー29、フォロワー3258。
尖ったアカウントである。
このアカウント名のネーミングセンスはまんま俺である。
だってこのアカウント名を実際使ったことあるしね。
ギャルゲーのことばかりツイートして、たまに日常のことも呟いている。
自分の知らない本性が浮かび上がりそうで、そっとツイッターのタブを閉じた。
「なんか、他人のスマホを覗いている気分になりますね……」
「そんな感想を抱けるのが、ちょっと羨ましいかもね。ほら、着いたわよ」
「うわっ……、一軒家だ。大きい……。家族と暮らしているんですか?」
「いや、1人」
「へぇ……」
一軒家……、というか館だ。
金持ちは1人でこういうところに住めるんだと興味津々になりながら、近城家への扉を入っていくのであった……。