53、近城悠久は思い出させたい
荒くれ者ヒロインであるヨル・ヒル。
彼女に連れられながら廊下を歩かされる。
記憶が曖昧になってから何回この廊下を歩いたのだろうか。
もうこの校舎の7割は読破したような気がする。
「なんだぁ?明智の奴、円と会ってからずいぶんスッキリした顔付きになったじゃねぇか!」
「え!?そ、そうかな……?」
「愛ってやつかよぉ!このこのぉ!」
「ど、どうだろうね……?」
愛とか言われるとくすぐったい。
鼻の下とかムズムズしてきて、ニヤニヤする口元を必死に押さえ付ける。
「…………」
「な、なんですか?」
ヨルは円と俺の仲を弄りながらも、それから数秒すると今度は無言になりジーっと凝視してくる。
すると、舌打ちでもしそうなほどに悪い顔になる。
「チェストォォォ!」
「いでっ!?なにすんだよぉ!?」
『チェストォォォ!』とヨルが急に奇声を放ちながら腹パンをしてくる。
筋肉に守られたがらも、妙に響くような振動のあるパンチによろけてしまう。
「円ばっかりイチャイチャしてずりぃじゃねぇか……」
「え?ヨル・ヒルが俺とイチャイチャしてぇの……?」
「チェストォォォ!」
「ぐっ……。お前の腹パン、妙に腹が痛いんだけど……」
「タケル直伝、回転を加えた腹パンだからな!デリカシー考えろや、天然野郎!」
「て、天然野郎って……」
確かにマイペースで天然な性格をしていると言われがちだが、女子に腹パンされるほどのこととは到底思えないのだけれど……。
腹を押さえながら、来栖さんとか戻ってくれないかなぁ……なんて助けを求めたくなる。
「ほら。家の住所すらわからない明智にとっての救世主を紹介してやるよ」
「お、俺にとっての救世主……?」
ヨル・ヒルだったら嫌だなぁ……。
大きいとも小さいとも取れない胸を見ながらヨルにそんな視線を送ると、3度目の「チェストォォォ!」が飛んでくるが、その拳をキャッチする。
「ふっ……。残念だったなヨル」
「チッ。記憶を失ってもヤルじゃねぇか」
「まあね」
不本意な顔をしながら拳を引っ込める。
よし、タイミングがわかってきたぞと自信が沸いてきたところ、掛け声無しで腹パンを仕掛けてくる。
「ふんっ!」
「いだいっ!?」
「こぶしがあちーぜ」
「くたばれ……。このアマ……」
「よし。スッキリした。記憶戻ったらイチャイチャしてくれよ」
「…………」
記憶戻ったらこんな暴力女とイチャイチャする仲なの俺?
十文字タケルとイチャイチャしないの?
そんな疑問ばかりが頭に浮かぶ中、ヨルはとあるドアをノックする。
どこだここ?とプレートを見上げると『学園長室』と書かれてある。
学園長って近城悠久だっけ……?
そういえばヨルの保護者だったな……と、『悲しみの連鎖を断ち切り』の設定が頭に蘇ってくる。
『入りなさい』と偉そうな声が漏れてきて、「しつれーい!」と声を上げてヨルがズカズカと学園長室に乗り込んでいく。
「来たわねヨルちゃん」
「あぁ。一応、こいつが近城悠久だ。この学園の学園長をしている変人だ」
「変人じゃないわよ。壮大に生きる女であり、壮大な名前の悠久よ。よろしく」
「はぁ……」
本人は否定したが、まごうことなき変人であった。
「てか、秀頼相手に自己紹介から仕切り直すの最高に意味わかんないんだけど……」
「え?」
「そう言うなよ。こいつ、記憶喪失してんだからよ」
「は、はい。記憶喪失のあけっ……明智です」
「本当かっ!?これっ!?」
学園長先生の近城悠久から秀頼と呼び捨て+名前で呼ばれているんだがそんなに親しい相手なのだろうか……?
ほぼほぼ初対面ではないの……?
「わたくしとの出来事、なにか覚えてない?」
「なにかですか?な、なんかあるかな……?」
「色々あったでしょ!秀頼!さぁ、なんか思い出して!素晴らしくて、みんなの憧れな悠久先生との思い出を振り返りなさい!」
「みんなの憧れな悠久先生?」
「ヨルちゃん!今は黙って!とりあえず秀頼の過去を思い出と共に復活出来るか試してみましょうか!」
みんなの憧れな悠久先生との思い出?
こんな美人な女教師となにか思い出を共有することがあったのかな?
こめかみに指を置き、おもいっきりまぶたを閉じる。
「酷いなぁ!キャンプ行ったの覚えてない?」
「おぉ!そうだな、みんなでキャンプに行ったじゃないか!思い出せ、明智っ!ほら、早くっ!」
「みんなでキャンプ……?」
みんなでキャンプということは学校の行事でそういうことがあったということだろう。
全校生徒で行ったのか、俺たちの学年だけでの行事だったのか、はたまたこの3人のメンツで行ったのかはわからないが確かにあってもおかしくないものだ。
「ぐぐぐ……。あ、あったかもしれない……」
ぼんやりとした景色が思い浮かぶ。
「こ、これは……。や、山か……?」
「おぉ!来てる!来てるぞ悠久!さぁ、次のワードを明智にくれてやれ!」
「わ、ワード?えーと……。肝だめし!肝だめしとかしたじゃない!」
「したした!幽霊みたいなやつに出会ったな!」
「ゆ、幽霊……?」
はっ……!?
そうだ、確かにそんな出来事あったはずだ。
あれは……!?
あれは……!
「思い出した……!」
「やったか明智!?」
「そう!色々な記憶が蘇るでしょ、秀頼!」
「はい!確か死神ババアに追われて、ゴーストキングと戦いました!」
3人とキャンプと肝だめし。
この3つのワードを掛け合わせることであの時の恐怖、無力感が段々込み上がってくる。
なんとなくものすごい死闘を繰り広げたバトルがぼんやりと思い出してきた。
な、懐かしい……。
俺は確かに明智秀頼として生きてきた記憶がある……!
「あぁぁぁぁ、ゴミカスゥゥ!死ねぇぇぇ!」
「がっ!?」
「絶対その記憶じゃねぇ!絶対その記憶じゃねぇ!」
「よ、ヨルちゃん……。もうちょっと冷静に……」
「あれ?なんかすこぶる大事な記憶を思い出せそうだったのに何も思い出せなくなったぞ……」
「安心しろ。そんな記憶は大事でもなんでもねぇから」
こうしてヨルに殴られたことによりリセットしてしまい、過去の出来事から記憶を蘇らせる作戦は大失敗であった……。