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52、津軽円の祈り

保健室にノックもせずにヨルがガラッと開ける。

中には教師どころか誰1人も居ない状況であり、シーンとした静けさに包まれた。

消毒薬の匂いが、腕を壊されて虚無感に苛まれていたあの頃を思い出して目を細めてしまっていた。


「明智」

「え?」

「お前、自分の家わかるか?」


ヨルが診察する椅子に俺を座らせると、家の場所を尋ねてくる。

豊富光秀としての住所は暗記出来ているが、恐らくそういうのを聞いているわけでは無さそうだ。

明智秀頼が1人で生活し、佐々木絵美を奴隷のように扱っている自宅の場所について聞いているのは理解力がない自分でも悟っていた。


「いや……。わかんねぇ……」

「そっか。なら無理に家に返す方が面倒そうだ」

「ヨル……?」

「待ってろ。その間に円、こいつに言っとくことがあるなら言っとけ」


そうやってヨルは保健室を飛び出していく。

口調こそチンピラみたいなものだが、彼女からは優しさが見える。

明智秀頼に対してヨルが優しさを見せることに疑問があるが、記憶がないことに対する同情なのだろうか。

それからどこかへ行くのか、ヨルは保健室から出ていく。


「じゃあ、私と話をしようか?」と、津軽円が表情を柔らかくして見せた。

彼女も顔だけは津軽円だが、ゲームで見る印象とはどこか違うように見えた。

口では言い表せないけど、オーラ?口調?態度?が色々解釈違いである。


「明智君。私と君だけの秘密、わかる?」

「ごめん……。明智秀頼としての出来事、全部わからないんだ……」

「そう……」


悲しそうに眉を下ろす。

なんか心が痛くなると、俺の手を握ってくる。


「豊臣君としての出来事は?」

「え……?」

「豊臣光秀君。この名前はわかる?」

「…………俺の名前。なんで……?」

「わかるよ。私は来栖由美だから」

「く、来栖さん……?」


津軽円の口から来栖由美という出るはずのない名前が出てきた。

わからないはずがない。

それは俺がはじめて男として意識した女の名前なんだから……。


「そう。津軽円として生活した絆は無くなっても、来栖由美として生活した絆はあるんだね……」

「そうだね……。…………あれ?でも俺、そんなに来栖さんと絡んだこと無い気が……」

「余計なことまで思い出さなくてよろしい」

「わ、わかりました……」


来栖さんと真面目に会話したの、指で数えられる程度しかなかったのだがそこは彼女の言う通りあまり考えないことにしよう。


「まったく……。相変わらず君は一言多いのよ。あと、明智君より豊臣君の素の方が性格悪いよね?」

「そ、そうなの?」

「思い出したら自分で比べてみなさい」

「は、はい……」


来栖さん……、というか津軽円か。

津軽円として俺にしゃべる方が来栖さんよりも厳しい口調のような気がする。

こんなにキツイ口調だったかな……?

もしかしたら何年も来栖さんは津軽円として生活してこちらに馴染んだのかもしれない。

俺の知っている来栖さんからちょっとずつズレているのを感じてしまうと、ちょっと妬けるなぁ……。


「…………あれ?記憶失う前の俺って津軽円が来栖さんって知ってたの?」

「知ってたわよ。あと、津軽円なんて本名じゃなくて円って呼びなさい」

「わ、わかった」


へー。

記憶失う前の俺は来栖さんが円と知りつつ、佐々木絵美と付き合ってんだ。

…………なんか薄情じゃないか自分?

来栖さんを捨てるような真似してんだ……、となんか元の自分に段々苛ついてきた。


(ククク……。元の主より感性がまともじゃねーか!やっぱり人と付き合うのは1対1だもんなぁ!)


ん?

なんか知らない男の声がして、辺りをキョロキョロ見渡す。

ベッド辺りで誰か寝ているのか気になったが、そんな遠い位置からの軽口ではなかった気がする。

はて?

どこからこの声がしたのか……?


「どうしたの?」

「な、なんか円じゃない声がして……」

「廊下で誰か騒いだんでしょ」

「ふーん」


円は別に聞こえていなかったらしく、空耳ということにしておこうか。


「でも、そっか。純粋な豊臣君なんだ……」

「く、来栖さん……」

「ふふっ。そういえば元の豊臣君ってこんな雰囲気だっけ?明智君とごっちゃになってわかんないや」

「そ、そうなんだ……」


元の自分がわからない歯がゆさを覚えながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。


「不思議だなぁ……」

「ん?不思議って……?」

「ううん。なんでもないの……。とりあえず力になるからね」

「あ、ありがとう円」

「でも、みんなには内緒だからね?みんな、豊臣君も来栖も知らないんだから」


彼女からそうやって元気付けられて、ある程度気持ちが穏やかになっていた時だった。

また保健室のドアが開けられた。

そこには、赤髪の少女であるヨルが戻ってきたようだった。


「おい、明智!家族を心配させることになると悪いから、とりあえず記憶が戻るまで家に帰るな」

「え?」


家族?

明智秀頼に誰か家族いるの?という疑問が出たが、それは置いておこう。

ヨルが知らないだけだろうし。


「じゃあ、俺の寝床は?」

「あぁ。話は付けてきた。お前は記憶が戻るまではあいつの家に寝泊まりするんだ」

「あいつ?」

「あぁ。明智は着いて来い。……円、お前にはあとで話しとくから部室に戻っておけ」

「うん、わかった」


そんな感じで話を終わらせたヨルは俺の手を握り、グイグイと廊下を歩き出す。

うわわっ!?

ヨルみたいながさつとはいえ、女と手を繋いだことなんか無いんだからもうちょっと遠慮してくれ……。


「心細いお前に強力な助っ人を紹介してやる。けらけらけら」


こ、怖……。

ヨルは俺の気も知らず、勝手に物事を進めるのであった。







─────






「本当に不思議だなぁ……」


1人残された円は自分で気付いた違和感について、不思議そうに目を丸くしては愛おしそうな声を出していた。


「ずっとずっと豊臣君が好きだと思っていたけど、いつの間にかあの明智君の方がずっと愛おしく想っていたなんて……」


豊臣光秀だけでなく、明智秀頼として生活してきたダメな面も込みで彼を愛している自分に気付いてしまっていたのだ。


「絶対、戻って来てね明智君……」


円は、保健室から出て行った影に対して小さい声で祈るように呟いていたのであった……。

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