48、十文字タケルは駆け寄る
「と言っても、どこをどう行けば部室に行けば良いかわかんないぞ……?」
イケメンスポーツ系男子に部活行けと促され、よくわからない学校内をまた徘徊することになる。
この学校の生徒でなければ補導、職務質問されてもおかしくない。
「どうやらお困りだな、マイフレンド?」
「あ?」
「なにか相談があるなら乗るぞ。さぁ、なんでも言ってみるが良い」
さっきから顔も名前も知らない奴らが知り合い親友面してきていちいち俺になにか話しかけてくるのは若干ホラー味がする。
まぁ、人と会話するのは好き寄りの好きだから全然ウェルカムなんだけど。
暑苦しい白髪マイフレンド(面識なし)と出会ったので、とりあえず俺の部活の部室がわからないことを尋ねると「ははははは!あっちに文芸部の部室があるじゃないか!」と笑われてしまった。
「俺文芸部だっけ?」
「はっははは!なにを言っているんだか。相変わらずお前は面白い奴だな」
「そうか?」
なにもボケてないのにめちゃくちゃ笑われてしまった。
ノリが良くて俺が友達にしたい系の奴なのは確かだ。
とりあえず名前がわからないので、制服のネームプレートをチラッと見ると『鹿野健太』と書かれている。
名前を見ても全然ピンと来ない。
「それとも剣道部部長を叩きのめしたから俺が剣道部だ!なんて傲慢になったかマイフレンド?そういう強気なお前、俺は好きだがな」
「え?俺、部長を叩きのめしたの!?」
「なにを言っている。あんなに学校を騒がせて因縁の対決みたいになっていたじゃないか。まぁ、俺は試合を見る暇もなく山本や熊本たちとお前のために身体張ってたがな」
学校を騒がせて因縁の対決って……。
確かに部長とは腕を壊された因縁はあるけど……。
叩きのめしたとか言われると『俺、そんなに強いっけ?』と自分が信じられない。
「鹿野、とりあえずありがとうな。文芸部?行ってみるよ」
「ああ!じゃあな、マイフレンド!」
記憶ないことを怪しまれないため、一か八か鹿野と呼んだがどうやら正解だったようだ。
健太と呼ばなくて良かったぜ。
鹿野健太、あだ名を付けるならカノケンかなぁなんて考えながらその文芸部まで道を引き返す。
鹿野から言われたルートへ引き返すと、案の定さっきの美少女4人と出会った教室にたどり着く。
「あんな美少女4人と部活をしてるのか……。き、緊張するな……」
麻衣様も美少女だし、天使ちゃんも可愛かったし、この学校の女子はレベルが高い。
心臓がドキドキしているのを、深呼吸をして落ち着かせる。
心で10秒数えると意を決して部室をガラッと開けた。
とりあえずドア越しからわかるのは部活が始まっているらしく、シーンとした静けさがある。
とりあえず挨拶しようと緊張を抑えた声を上げる。
「…………あ、こんにちは」
「あ!ようやく来たよお兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!?」
「遅いですよ、ゴミクズ先輩」
「ご、ゴミクズ!?」
知らない茶髪のツーサイドアップにした子と、緑髪のショートカットの子から聞き慣れない単語で呼ばれて困惑する。
別に俺は妹とかいないし、そもそもゴミクズ呼ばわりされるようなこともしてないはずなんだけど……。
意味がわからなくて部室に入った瞬間、頭がフリーズする。
「お、お兄ちゃん……?」
「…………」
そもそも俺は本当に豊臣光秀なのか?
自分の存在すらわからなくなる。
師匠。
頼子。
先輩。
明智先生。
マイフレンド。
お兄ちゃん。
ゴミクズ。
色々な呼ばれ方をされて、俺の存在は見る人によって顔が変わったりする曖昧なものなのかと自我が確率出来なくなる。
(おい、おい!気をしっかり持て主!この馬鹿野郎がっ──!)
頭の中に怪しい男の声がノイズのようにガンガンも入ってくる。
なんだこれっ……。
主ってなんだ……?
新しい呼ばれ方をまた増やすな……。
「ぐっ……!?」
視界がぐにゃぐにゃと曲がりだす。
──ここは俺の住む世界じゃない。
それを自覚してしまうと、自分の存在が抹消されていくような不安がブラックホールのように広がっていく。
立っていられなくなり、片膝が床に着いてしまう。
聴覚も狂ってくる。
『ヨリくぅーん!』『明智君っ!?』『秀頼君!?』と遠くから聞こえてくる。
なんだこれ……?
俺は誰だ……?
俺を変な名前で呼ぶな……。
豊臣光秀という自分自身が否定されていくみたいで心が壊れていく。
酷く呼吸がしづらい。
空気を求めるように口を開くも、呼吸の仕方を忘れてしまったかのように身体中から酸素が抜けていく。
『明智さんが過呼吸を起こしてますよ!?ど、どうすれば良いですか永遠さん!?』
『ビニール袋はありますか!?ビニール!』
『兄さん、カバンに入ってますよね!?』
『ある!ある!これをどうすると良い!?』
うるせぇ……。
静かにしてくれ……。
自分が存在するのに、自分の居場所がない。
ずっと直視しなかった事実に気付いてしまうと、世界からつま弾きにされたようだ。
『クハッ!ダメだ。逃げるのは無しだ』
「うっ……!?」
また頭に言葉が入ってくる。
主と呼んでいた怪しい男とも違う、人を見下したような女──神の声。
その時、手放せそうだった意識がすとっと呼び戻される感覚があった。
「大丈夫か秀頼!?このビニールで息をするんだ!」
「あ……?」
「過呼吸起こしてんだよ、お前!ほら、早く!」
なんか聞き覚えのある声に導かれながら、ビニール袋で呼吸をする。
呼び掛ける優しい男の声でハッとして、呼吸の仕方を思い出す。
「はぁ、はぁ」とビニールで呼吸をしていくとなんとか心が落ち着いてくる。
どのくらい経ったのか。
10分ほど経過した気がするし、まだ3分も経っていない気がする。
ただ、時間も経つとなんとなく落ち着いてくる。
周囲からもの凄い見られている視線に気付き、急に気まずさを感じてしまう。
「大丈夫か秀頼?」
「また違う呼び方かよ。いい加減にしてくれ……」
「ん?」
「わりぃ。こっちの話……」
意味不明な呼び方をされて文句の1つも呟くが、わざと聞こえないようにしたので意味は伝わらないはずだ。
謝罪をしながら彼にお礼を伝えるように顔を見合わせた時だ。
「あ、ありがとう……。…………え!?十文字タケル!?」
「あ?そりゃそうだが?どうした秀頼?」
『悲しみの連鎖を断ち切り』というギャルゲーの主人公・十文字タケル……に似た奴がいたのだがなんか肯定してきた。
というか、もしかして秀頼って呼ばれているということは……。
「…………え?」
俺、死亡フラグ満載のクズでゲスな明智秀頼に憑依した……?