44、明智秀頼の犠牲
部活の時間になり、早めに部室にやって来る。
早く来すぎたからか、まだ誰も部員が揃っていない。
俺のクラスメートであり、同じ文芸部の絵美らはみんなで集まってわりと談笑してから行動するパターンがあるのでこういう時は結構遅めにやって来る。
タケルも山本となんか貸し借りしているみたいだし、違うクラスの永遠ちゃんとかゆりかとか誰か来ないかなぁと思いながらスマホでスタチャのインスタを眺めていた。
今日は朝に新しい目覚まし時計の画像を投稿してからロクに更新をしていないようだ。
本業である学業に本気で取り組んでいる証だが、数時間前と同じ投稿で止まっていると切ない気持ちだ。
この数時間の間で病気になったのか?とか色々心配してしまう。
「お?」
ガララララッと、扉が開く音がする。
ちょうど暇していて、誰か話し相手が欲しくて扉の入り口に視線を向けると、セカンドシーズンのヒロインの1人である五月雨茜がそこに立っていた。
「お疲れー」
「お、お疲れ様です……」
わりと親しみを込めて挨拶をするが、今日はやたら堅苦しい。
もうちょっと打ち解けて来たんじゃないかと自負していたが、このよそよそしい感じからすると自惚れだったようで喉が渇く。
そもそも人に好かれる存在じゃなかったと明智秀頼という悪役補正を痛感する。
「あ、明智先輩」
「どうしたの?」
「ご、ごめんなさい……。ごめんなさい……」
「あ?」
なんか五月雨の様子がおかしい。
宝石のように美しい彼女の朱と蒼の目が濁っている。
あれ?
この演出は確か……、美月ルートの美鈴と同じ……。
瀧口のギフトである|なんちゃらかんちゃら《Αυξημένο μίσος》の性能だ……。
確か日本語では『憎悪増幅』だったか。
「五月雨……。お前……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「なんで俺に謝るんだよ……」
五月雨の良心と、彼女の憎悪がせめぎ合っていて涙を流している。
なんでその涙を見せる相手が俺なんだよ……。
「お兄ちゃん……、助けて……。どうして来てくれないの……?」
謝りながら俺に徐々に近付いてくる。
彼女の動きを止めようと思えばギフトを使えれば簡単だ。
そんなものに頼る必要もなく全速力で逃げれば簡単に撒ける。
五月雨どころか、部員の全員と一斉にマラソンをして1位を取る自信がある。
けど……、これを失敗したらギフト狩りに……、瀧口に酷いことをされるんだよな……。
「…………」
アヤ氏と午後に話し合った会話がリフレインする。
『もし、アカネっちがタケル氏じゃなくて明智氏にギフトを使ってきた場合あんたはどうする?』
『俺に彼女の『人の好感度を調整する』ギフトを俺にしてききたら……?』
──多分、彼女に同情して避けられるのにわざと喰らうと思う。
「…………っぅ」
「ごめんなさい明智さん……。ごめんなさい、ごめんなさい」
「ぐぅ……、な……んだこれっ……!?」
五月雨に手を掴まれギフトの力を流される。
『人の好感度を自由自在に操れる』ギフトだっけ……?
なんでこんなに頭が割れるように痛いんだ……?
「じ、自分のギフトは本来数人程度しか好感度を操れない。こんなこと、明智先輩にしてはいけないのにっ……!」
「…………っ」
「大人数の好感度を一気に操るほどに脳の負担が大きくなり、矛盾を埋めることが出来なくなる……。立っていられなくなり、数分意識を失うかもしれません」
「あ……」
脳を洗濯機に入れられたように空間が回転している気分だ。
三島遥香の『エナジードレイン』の大量摂取よりよほど気分が悪くなってくる……。
「目を覚ませばすべての記憶を失うかもしれません……。あなたが人と人を繋げる絆を自分が断ちます……。ごめんなさい、ごめんなさい」
「…………」
「どうか、自分のことは一生嫌ってください。……さようなら明智先輩。…………先輩をお兄ちゃんと重ねて……。こんな彼氏が欲しいなって理想像を当てはめていたのに……。どうしてこうなったんでしょうか……」
「…………」
「さようなら……。さようなら……」
五月雨がギフト狩りに粛清されるくらいなら、俺は自分を犠牲にするよ。
─────
「あれ?秀頼寝てる?」
「し、師匠!?ね、眠たいですか師匠!?」
「寝ている人間に眠たいって聞くのはどうなんだ?」
「え?我、間違ってる?」
「間違ってるだろ」
咲夜とゆりかが部室のドアをスライドさせて最初に目に入ったのは、机にスマホを置いて突っ伏している姿だった。
いつ秀頼が部室に来たのかはわからないが、帰りのホームルームが終わってまだ15分程度しか経っていないのにやたら熟睡しているなと2人は秀頼に駆け寄った。
「秀頼が寝てる。イタズラし放題だ」
「いや、そうはならんだろ」
「マジックペンで額に『肉』って書くのが夢なんだ」
「絶対にやってはいけないイタズラだな」
「でも秀頼なら笑って許してくれそうじゃないか?」
「永遠とか星子になら笑って許すかもな……。お前にならマジギレすると思うが……」
「なんだと?試すか?」
「弟子としてさせるかそんなイタズラ!」
ゆりかと咲夜がにらみ合いながら対峙する。
いつも通りの2人のやり取りだが、それに突っ込む秀頼がいないと物足りないなと変な気分になると、2人が肩を降ろしにらみ合いをやめる。
「ほら、師匠!起きてください」
「うーん……。ね、寝させてくれ……母さん……」
「師匠が寝惚けてる……。レアじゃないか?」
「あれ?秀頼っておばさんのこと母さんって呼ぶっけ?」
「さあ?師匠の家庭の事情は我そんなに知らないが……」
咲夜は彼の寝言に強い違和感を抱く。
そもそも秀頼の口から『母さん』なる人物が出たことがないのだから。
マスター曰く、『物心が着く前には両親が死亡した』と聞かされた咲夜。
彼は寝惚けながら誰と勘違いをしたのか?
咲夜は口に表すことの出来ない感情が込み上げてくる。
「ひでよりーっ!ウチ、秀頼が大好きだぁぁぁ!」
「いきなり何を言い出すんだ」
「なんとなく……」
ゆりかには突っ込まれたが、咲夜は8割本気の叫びを秀頼の耳元で口に出した。
今、秀頼が見ている夢の中で自分が消えている気がしてそれを引き戻そうとした真面目な咲夜の行動だった。
「…………俺も好きだよ。……くるすさん……」
「え?師匠?誰さんって言いましたか?」
「くるすさん?来栖?誰?」
ゆりかと咲夜が顔を見合わせた。
もしかして自分たちが知らない恋人が他にもいるのかと変な疑いが2人の中で出てくる。
だが、最近もわざわざ律儀に碧やミドリ、詠美も紹介しているだけにその可能性は低い。
一体なんの夢を見ているのかと2人が好奇心と疑問が強くなった時だった。
「うぃーす!こんちゃーす!あ、上松氏に谷川氏。お疲れっす!」
「お、お疲れ」
「う、ウチの後輩がウチよりコミュ力高い……」
メガネをかけた後輩の綾瀬翔子が元気に部室に入ってきた。




