40、気休めの忠告
「この3人でのんびり公園で過ごすって良いですねー……。毎日これくらい穏やかな日々だと私としても嬉しいんですけど」
「ならアイドル引退しちゃう?」
「結婚するなら考えるかなー」
たい焼きも食べ終わり、のんびりとベンチに座って黄昏ながら風景を眺めているだけだが、スタチャは心地良さそうに満足感に包まれていたようだ。
絵美は「わたしたちより幼いのに、もう仕事を引退するかどうかの話をされるの情けないなー……」と遠い目をしていた。
「絵美先輩は将来の夢とかありますか?」
「なーんにも!大学行ってー、どうしようかなぁ?美容師とかネイルアートとかマツエクとかそういう美容系の仕事に就ければ良いかな、なんて」
「あっ!なら私のスタイリストとかに興味ありませんか!?絵美先輩なら信用信頼しているし私も気兼ねなく任せられます!」
「そういう仕事もあるのか。ありかも……。ただ、スタチャ引退の話をした直後にスタイリストのスカウトはわりと困るかも……」
「順番間違えました……。ただ、絵美先輩のオシャレスキルが高まると私からスカウトするかもしれません!」
自信満々な営業する顔になってる。
ワンチャンそれが目的でスタチャは絵美に仕事を振ったまであるかもとか勘ぐることを考えてしまっていた。
「人も減ってきたしそろそろ帰るか……」
「そうだね……」
「明智さんとのお別れの時間が刻一刻と迫って悲しいなぁ……」
3人はベンチから立ち上がり、出入口の方向を歩いて行く。
結局、俺1人ぶんとしてたい焼き3個を買ったが重かったので小倉味は家で食べようとミルクたいの紙袋に包んでいたのであった。
ミルクたいの紙袋を手にしながら歩いていた時だった。
「ん?あれ……?ねぇ、秀頼君?」
「どうしたの?」
「あれ!あれ!」
絵美が指を指さずに目線で『あそこ、あそこ』と訴える。
大体向いて欲しい方向は長年の付き合いで察していたので迷いなく絵美が見て欲しいその方向へと俺も首ごと動かして目を向けた。
「タケルだな……」
「十文字君、1人で自然公園に来てたのかな?」
「最近、この公園はタケルのお気に入りだからな」
「そうなの!?」
「ちょっと!?私を蚊帳の外にしないでくださいよ!」
スタチャも混ざり、タケルが歩いているのを確認する。
離れた斜め前を彼は歩いているので、絶妙に俺ら3人を視界に収めるには振り返る必要があるので気付いていないと判断して良い。
「明智さん、十文字先輩に話しかけますか?」
「別に毎日学校で会ってるから話す必要ないしな……」
「それにわたしたちサングラスですからね……。知人に見られるとまた変な目で見られますよ……」
楓さんも驚いたし、絵美もサングラスに反応を示した当人である。
今回はタケルに声をかけるのをやめて、彼が公園から出るのを待ってから帰宅することにする。
「それにしても十文字君、自然公園で散歩でもしてるのかな?」
「あっちの十神病院で診察されてたとかでしょうかね?」
「秀頼君はわかりますか?」
「女じゃね?うん、女だよ」
「え?まさかぁ」
「あのタケル先輩ですよ!?正気ですか!?」
「あ、そういう反応になるんだ」
タケルが自然公園でなにをしていたかはわからない。
ただ、十中八九セレナ絡みだと思われる。
「…………」
セレナねぇ……。
タケルちゃん、ずいぶん彼女に入れ込んでいるみたいじゃないか……。
色々と忠告したいことは山ほどあるが……。
まぁ、今回は見なかったことにしておくか……。
─────
「またねぇ、星子ちゃん!」
「またなぁ!」
「送ってくれてありがとうございます!2人もお気をつけてー!」
自然公園の帰りに、俺と絵美は細川家の家にスターチャイルドの姿をした星子を送り届けた。
絵美とスタチャは結構長く手を振り別れを惜しんでいた。
スタチャが自宅に入るのを見送ると、ようやくサングラスを外すチャンスが来て取り外す。
絵美も同じくサングラスを外すと、バッグの中からメガネケースを取り出してサングラスをしまっていた。
「うわっ!?そういうの準備していてずるっ!」
「ずるってなんですか!?ずるって!?」
「俺、メガネケース持ってないんだよ!?」
「知りませんよ、そんなの……。100円ショップで買ってくれば良いじゃないですか……」
「確かに……。ダイゾー行くしかないな……」
裸の安いサングラスを買ったので、絵美のメガネケースを見たらめっちゃ便利ってことに気付いてしまった。
服の胸元にサングラスを引っかけてあるのが恥ずかしくなり、星子の家からの帰り道にダイゾーに行くことにする。
「わたし、店前のベンチ座ってるから早く行ってきてね」という絵美の言葉に頷きながらメガネケースを求めてダイゾーに入店していく。
どの辺りがメガネコーナーなのかとお菓子売り場を歩いていた時だった。
「あら?愚民じゃない」
「あ、佐山ゆり子!」
「妾はサーヤなり。佐山ゆり子?知らない人ですね?」
「あんたの本名だろ……」
今日はオフなのか、特徴的なドリルの髪型を下ろして長い桃色の髪を垂らしていたのであった。
「さ、サーヤ!?お、お前なんで!?」
「カッターとハサミが欲しくて。チョキチョキ」
サーヤの買い物かごにはカッターとハサミ、下敷きにシャーペンの芯など文房具メインに6点ほど詰まっている。
そんなサーヤにメガネケースの売り場を尋ねたら「文房具コーナーの裏にあったわ」と素直に答えられた。
「ありがとうサーヤ。探してくるよ」
「あ。待ちなさい、愚民」
「え?どうしたの?」
今日のサーヤはふざけることなく、なんとなく心配しているように真面目な雰囲気である。
そんな彼女に呼ばれると、不安な気持ちが高まる。
「あなた……。本当に今日は本当に悪い運気背負っているわね」
「悪い運気……?」
「前に『大事なものを失う』と愚民に占ったわけだけど……。もしかしたら近日中かもね……」
「な、なんだよそれ……?」
「ご、ごめんなさい。気にしないで……。ただの勘だからあてにしないで」
サーヤの言葉が心に楔を打つように放たれた。
その言葉で不安になり、彼女にすがりたくなったところに一言だけ「気休めだけど……」と繋げた。
「今の自分を強く信じなさい。周りを強く信じなさい。…………疑いを持ったら、あなたが間違っている」
「…………?」
「占ってないからわからないけど、それくらいヤバそうな雰囲気があるわよ。じゃあ、ちょっと急ぐから」
そう言ってサーヤはレジに向かって消えてしまった。
──その言葉の通り、俺は近々大事なものを失うことになるとは、この時は想像すらしてなかったんだ……。